相撲界で「美人すぎる」と話題、「貴景勝の母でございます」

7月3日(水)11時0分 NEWSポストセブン

「美人すぎる母」佐藤純子さん

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「どんどん自分の手元から離れていく、そんな寂しさがありますね。結婚式での母親の気持ちはこんな感じなのかな。息子をお嫁さんに取られちゃうような……(笑い)」


 約2000人が祝福に駆けつけた貴景勝(22)の大関昇進披露宴(6月16日)で、会場の片隅より壇上の息子を見つめながら、母・佐藤純子さん(52)が語った。


「最初は正直、大相撲でどこまで通用するのだろうという思いがありました。体の小さい子ですからね。十両の昇進パーティで初めて、関取になれたんだと安堵したのを覚えています。それがこうして大関の地位、それも22歳の若さで昇進できるなんて夢のようです」


 純子さん自身の相撲との出会いは幼い頃にまで遡る。父親(貴景勝の祖父)の会社に相撲部があり、子供の頃は父親の膝の上に座って相撲中継を見ていた。そのため、


「相撲に関しての抵抗感はありませんでした。でもまさか自分の子供が力士になるなんて、想像もしていなくて(笑い)」


 貴景勝を相撲の道へ導いたのは父の一哉さん(57)の影響だ。スポーツ重視の教育で、小学生の頃には相撲、空手、水泳、サッカー、体操、柔道と6つのスポーツクラブに所属させていた。だが純子さんは反対に、子供が生まれる前から幼児教育プログラムを準備していたほど、勉強重視の教育ママ。結果、貴景勝は小学1〜2年生の頃に6つのスポーツクラブと、3つの学習塾に通う生活を送った。


「主人が出掛けると“さあお勉強”とお尻を叩いていました。だからあの子は今でも、小学校低学年までは私のほうが恐かったと言っています(笑い)。


 教育方針を巡ってはよく意見が対立しましたね。主人の夢はあの子を力士にすること。私は“苦労して小学校(地元、兵庫・西宮の名門私立・仁川学院小学校)に入れたのに”との思いがあり、口論になったこともあります。でも男の子だし、勉強は中学になってからでも遅くないと思って、結局学習塾を辞めさせました。


 そうしたら相撲で頭角を現わすようになって、中学、高校と相撲強豪校で鍛えられて大相撲に進むことができ、仁川学院小では大関昇進時に後援会を作っていただけた。いい学校に縁があったと感謝しています」


 子育てについては、「いかに子供のほうに目を向けているかが大事だと思います」と語る。


「いつも何かのサインは出しており、それを見逃さないようにする。子供をちゃんと見ていると、向いていること、向いていないことが見えてくる。親がそれに気づき、得意な分野に集中させる環境を作ってあげる。そうしないと何もかも中途半端になってしまうと思います」


「美人すぎる母」と言われていることについて、「土俵で死闘を繰り広げる力士のイメージと母親のギャップがあるだけです。若い頃はもっと地味だったかな。少しふっくらしてショートカットだったので、年上に見られていました(笑い)」と語る純子さん。新大関として臨んだ5月の夏場所、貴景勝は右膝内側側副靭帯損傷で途中休場。7月の名古屋場所はカド番で迎える。


「皆様に共感いただいているのは、あの子が真っ向勝負で一本気なところ。私も勝って“よしっ”という顔をしている息子が好きです。それを貫いてほしいのですが、ケガのこともあり複雑です」


撮影■藤岡雅樹 取材・文■鵜飼克郎


※週刊ポスト2019年7月12日号

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