ブルガリアから来日→角界入り即断。琴欧洲は運命の出会いを果たした

7月7日(日)6時57分 Sportiva


向正面から世界が見える〜

大相撲・外国人力士物語
第1回:鳴戸親方(1)
 ブルガリア出身の初めての大相撲力士として、大関まで昇りつめた琴欧洲。202cmの長身、握力120kgのイケメンは、「角界のベッカム」と呼ばれて、絶大な人気を得た。
 2014年春場所(3月場所)で引退後、年寄・琴欧洲を襲名。その後、鳴戸親方となり、2017年4月、鳴戸部屋を創設。2019年6月には、東京スカイツリーの近くに4階建ての部屋を新設し、現在13名の力士たちの指導をしている。
 そんな彼の”相撲人生”を振り返る——。
       ◆       ◆       ◆
「タイムカプセルに入ったみたい!」
 故郷のブルガリアから佐渡ヶ嶽部屋に体験入門に来た時の、私の第一印象です。
 1983年、ブルガリア・ヴェリコ・タルノヴォ市で生まれた私は、レスリングの指導者だった父の影響で、12歳からレスリングを始めました。
 2000年にはジュニア欧州大会で優勝(100kg級)して、18歳でブルガリア国立スポーツ大学に入学。
「将来は、レスリングでオリンピックに行きたい」
 という夢のために、真剣にレスリングの練習に取り組んでいました。レスリング部には、ブルガリア国内の強豪たちが50人くらいいて、全員がヨーロッパチャンピオン、オリンピックチャンピオンを狙っている選手ばかりだったので、レベルはかなり高かったです。
 この大学には、ブルガリアで唯一、相撲を学ぶ専門課程があって、そこで学んでいた学生らは、私たちレスリング部の練習のあとに、まわしをつけて稽古をしていました。
 ある日、元レスリング部の先輩で相撲部に所属している先輩に、「カロヤン(私の本名)、学内の相撲大会に出てみないか?」と誘いを受けた私は、軽い気持ちで参加しました。
 ところが、この大会で、日々レスリングの練習に励んでいる体重130kgの私が、体の小さな選手に負けてしまったのです。相手は小柄な体を駆使して、相撲の技で言うと”いなしたり”しながら、私を土俵から出してしまったのです。
 なんで負けたんだ! 悔しい!
 負けたことで、逆に相撲に興味が湧いてきたんですね。
 レスリング部の練習をこなしながら、相撲の練習もして、2001年の欧州相撲選手権で3位(115kg級)、その年の11月には、日本の青森県で行なわれた世界相撲選手権で重量級(115kg以上)3位という成績を残すことができたんです。

 翌2002年のドイツオープン相撲選手権の時です。
「キミがカロヤンくんかい? 相撲強いね。日本に行って、力士になってみないか?」
 と声をかけてきた男性がいました。
 昔、佐渡ヶ嶽部屋の床山さんをしていた日本人で、今はドイツで相撲の指導をしている中本淑郎さんという方でした。
 中本さんからは、その後何度も誘われました。そこでわかったことは、日本の大相撲はアマチュア競技ではなく、プロの世界。成功すれば、親孝行もできる。入門できるのは23歳まで(当時)……などということ。
「日本の大相撲の世界をちょっと見に行ってみようかな?」
 ちょうど大学が夏休みに入っていたので、私は軽い気持ちで中本さんたちと一緒に、日本の佐渡ヶ嶽部屋に向かったのです。

来日した当時のことを語る鳴戸親方(元大関・琴欧州)
 成田空港から、車で憧れの東京に——。
 ブルガリア人の私だって、日本の首都・東京がすごく発展している都市だということくらいは知っていました。けれども、いつまで経っても高層ビル群などは見えてこなくて、自分の田舎と同じような田園風景が続きます。
 なんかおかしいな……。
 佐渡ヶ嶽部屋は千葉県の松戸市にあり、部屋の周りも、とてものどか。大都会を想像していた私は、まず驚きましたね。
 部屋に着いた翌朝から、私はまわしを締めて、佐渡ヶ嶽部屋の若い力士たちと相撲の稽古をしました。世界選手権で3位になったという自信が多少はありました。けれども、ブルガリアの相撲の練習と、大相撲の稽古とでは筋肉の使い方がまったく違っていたんです。四股、すり足……、相撲の基本動作と言われるこの2つをこなすことが、どれだけ大変か……。
 稽古は朝食抜きで、朝7時から11時過ぎまで延々と続きます。(先代)佐渡ヶ嶽親方(元横綱・琴櫻)は、上がり座敷に座って、弟子たちを怒鳴っている。稽古が終わっても、先輩力士が風呂に入って、ちゃんこを食べるまで自分は食べられない。私が昼食をとる頃には、すでに時計は13時を回っています。
 なんだ、このシステムは! これがプロスポーツの団体なのか?
 冒頭に言ったように、まるでタイムカプセルに入ったのかと思うほど、面食らうことばかりだったわけです。

 そんな生活が1週間ほど続き、航空チケットの復路の期限が近づいてきていました。すると中本さんは、「カロヤン、このまま、部屋に残って力士になるんだよな?」と言ってきたのです。
 私は小さなリュックを背負い、Tシャツに短パン姿で、あくまで「体験入門」のつもりで、日本にやってきた。しかも、ブルガリアの大学に籍を置いているし、もし力士になるとしたら、両親にも説明をしなければならない。だから、一旦帰国する必要がありました。
 親方には、中本さんのほうから説明してもらいました。すると親方は、私の目を見て、握手して、「オレについて来い!」と言ってくれたのです。
 この人だったら、私の日本の父親になってくれるんじゃないか? と瞬間的に思いましたね。だから、もう一度握手をして、ブルガリアに帰国したのです。
 この時点で、私は「力士になる」ことを決めていました。ブルガリアに帰ると、すぐに父に「日本に行って力士になる」と伝えて、大学にも休学届を出しました。
 ちょうどこの頃、父が交通事故に遭い、体が不自由になったということもあって、「大相撲」で自分を磨いて、家族の生活を楽にしてあげたいという思いもあったのです。
(つづく)
鳴戸勝紀(なると・かつのり)
元大関・琴欧洲。本名:安藤カロヤン。1983年2月19日生まれ。ブルガリア出身。2mを超える長身と懐の深さを生かした豪快な取り口と、憂いのある眼差しで相撲ファンの人気を集めた。幕の内優勝1回、三賞受賞5回。2014年3月場所限りで引退、年寄・琴欧洲を襲名。同年、日本国籍を取得し、ヨーロッパ出身力士として初めて日本に帰化。2017年、鳴戸部屋を創設し、後進の指導にあたっている。
鳴戸部屋公式サイトはこちら>>

Sportiva

「ブルガリア」をもっと詳しく

「ブルガリア」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ