片岡篤史は松坂大輔に「謝罪されました」。3年前に初めて話したあの空振りシーン

7月11日(日)10時50分 Sportiva

"平成の怪物"と呼ばれた西武の松坂大輔が、今季限りでの引退を決断した。
 1998年に横浜高校で甲子園春夏連覇を果たし、鳴り物入りで西武に入団。1年目から16勝を挙げ、その年から3年連続で最多勝に輝くなど多くのタイトルを獲得。2007年からはボストン・レッドソックスでプレーし、同年のワールドシリーズでは日本人投手として初の勝利投手になった。
◆高卒1年目でプロを見下ろす度胸。松坂大輔を支えた投球以外のすごさ
日本代表としても、シドニー五輪やアテネ五輪でエースとして活躍。ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では2大会連続MVPに選ばれ、日本の連覇に貢献した。


1999年4月7日、西武のルーキー松坂との初対決で空振り三振を喫した日本ハムの片岡
 そんな松坂を語る上で欠かすことのできない名シーンのひとつが、1999年4月7日のプロデビュー戦。当時の日本ハムの主力であり、パ・リーグを代表する強打者でもあった片岡篤史との対戦だ。
 片岡は、当時を次のように振り返る。
「甲子園を春夏連覇した松坂のデビュー戦ということで、お客さん、報道陣の数も多かったですね。球場(東京ドーム)全体が異様な空気に包まれていました」
 対戦前は「どんな投手なのか」という興味はあったものの、それでも相手は高校を卒業したばかりの投手。片岡自身も含め、日本ハムのベンチには「負けるわけがないという雰囲気だった」という。
 しかし、初回の松坂の投球を見て、その意識が変わった。
「立ち上がりの投球を見て、『これは、ただの高卒ルーキーの投手ではない』と感じました。スライダーは、近鉄で長くクローザーを務めていた赤堀(元之)と同じくらいすごかったですし、西口(文也)や石井(貴)ら当時の西武にいたエース級の投手たちと遜色がないほどの完成度でした。あと、デビュー当時はまだ線が細かったですけど、体の強さも感じましたね」

 片岡と松坂の初対戦は、初回二死、走者なしの場面。カウント2−2から松坂が投じたインハイへの155kmの直球を片岡が豪快にフルスイングするも、バットは空を切った。
「当時、自分は調子がよくて、伊良部(秀輝)の球でも空振りしない自信がありましたし、四球を取ることにも自信がありました(1998年・2000年の四球数はリーグ最多)。普段であれば、あのコースは見逃していると思うんですが、直球が来た時にストライクと思って振りにいきました。あんなふうに足から崩れるような空振りは、現役時代を通じてあまりしたことがないんですけどね。
 当時の東京ドームはスピードガンで球速が出にくくて、伊良部でも150kmが計測されることは稀でした。そんな中での155kmですから。『可愛い顔をした兄ちゃんが、こんなにエグい球を投げるのか』と(笑)。松坂はメジャー時代もすごい球を投げていましたが、日本のマウンドで投げた球の中では、最高の球だったんじゃないかと思いますね」
 勢いづいた松坂は、デビュー戦で8回2失点と好投し、プロ初登板・初勝利を挙げた。以降もイチローをはじめとした球界を代表する打者たちと名勝負を演じるなど、長らく西武、日本球界のエースとして君臨し続けた。片岡は言う。
「イチローと松坂の対戦は野球界を盛り上げましたし、僕らも松坂と対戦する時は気持ちの入り方が違いました。特に自分は、あのように豪快な空振り三振を喫していたので、余計に気持ちが入っていましたよ」
 松坂の怪物ぶりを示すシーンとして、プロデビュー戦での片岡との対戦時の映像は、幾度となくメディアで紹介された。長い月日が流れた2018年、片岡が阪神の一軍ヘッド兼打撃コーチを務めていた際、松坂と話をする機会があったという。同年、ソフトバンクから中日に移籍して1年目の松坂は6勝を挙げたが、ある試合前の練習時にグラウンドで言葉を交わした。

「あの空振りシーンについて、松坂から『僕が投げる度に、片岡さんの空振りの映像が出てしまってすいません』と謝罪されました(笑)。時間はあまりなくて短いやりとりでしたが、初対決について話をしたのは、約20年の間でそれが初めてでしたね。でも、あのインハイの球を僕が振りにいき、大げさな空振りでコケてしまったことが、現在まで語り継がれる要因になっているんじゃないかと」
 衝撃のデビュー戦から積み上げた白星は、日米通算170勝。その過程には、2011年のトミー・ジョン手術をはじめ、度重なるケガがあった。
「170勝が多いのか少ないのかはわかりませんが、ケガがなければ200勝以上勝てたと思います。近年は佐々木(朗希)にしても、奥川(恭伸)にしても、"高卒投手の1年目は体作り"という傾向があります。仮に松坂がそのようなステップを踏んでいたら、もっとすごい成績を残していたでしょうね」
 最後に、引退を決断した松坂に対しての思いを聞くと、片岡はこう答えた。
「苦しかっただろうな......と思いますね。高校時代もプロ入り後も、あれだけの多くの球数を投げ、加えてメジャーや国際大会の舞台でも投げ続けてきました。そうとう肩や肘を酷使してきた投手ですから。引退後はゆっくり休んで、体をいたわってほしいです」


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