MLB欧州初開催の歴史的一戦は大盛況 「謎だらけなスポーツ」が成功した理由

7月13日(土)7時30分 フルカウント

地元は「謎だらけのスポーツに大観衆」と見出しを付けチケット完売に疑問符

「取材する私自身さえ、これまで1度しか野球の試合を見たことがない。英国人の95%が野球に関心がなく、基本的なルールさえ把握していないだろう。明日のスタンドはウェンブリーで行われたNFL戦と同じようになると思う。あの時は対戦チーム以外のユニフォームを着たファンが大勢訪れて、イベントやお祭りを楽しんでいるような雰囲気になったが、今回の試合もそんな感じになるはずだ。ヤンキースとレッドソックのファンだけではなく、英国内のMLBファンが集まる。確かにチケットは売り切れたが、だからと言って将来的に野球がクリケットに取って代わるとは到底考えられない」

 これはスカイスポーツの英国人記者、ジェレミー・ラングドン氏の言葉である。6月28日、MLBの歴史的な欧州初戦となったロンドンシリーズの前日に行われた両軍監督会見に出席していたところで話を聞いた。

 また同日の英高級紙「ガーディアン」には「謎だらけのスポーツに大観衆」という見出しが踊り、野球が12万枚のチケットをきれいにソールドアウトしたことに疑問符を打った。

 これは個人的な話で恐縮だが、実際、私の20数年に及ぶ英国在住歴の中で、英国人の口から野球に関してポジティブな言葉が発せられたのを聞いたことがない。彼らにとってはグラブを使わないクリケットこそ“男のスポーツ”なのだ。

 それに、これは住んでみて実感したことだが、英国人には若干、アメリカを見下すところがある。

 確かに歴史を紐解けば、かつてアメリカは大英帝国の植民地であった。その古い主従関係がひょっとしたら今も英国人の頭の中の片隅に刷り込まれているのかも知れないが、何かにつけてアメリカ文化を「歴史がない」「品がない」「拝金主義」と言ってけなす。

 野球もその例に漏れない。英国人にとってはあくまでクリケットが本線で、ベースボールはアメリカ的なけばけばしさと大味さが添加された亜流という認識だ。

 こうして一般的な英国人の野球観を綴ると、この国は“野球不毛国”という印象を与えてしまうかも知れないが、そんな国の首都でニューヨーク・ヤンキース対ボストン・レッドソックスという、MLBの中でも由緒正しき伝統の一戦が行われることになったのである。

スタジアムには各球団のユニホームを着たファンの姿があった

 わずか1か月間でロンドン五輪のメインスタジアムを野球場に改装したことが話題になったが、さてはて試合当日、スタンドは一体どんな雰囲気になるのだろうか。試合前、欧州史上初のMLB公式戦に対する興味は、ヤンキースとレッドソックスという主役が演じる試合そのものより、見る側のロンドンっ子の反応に集まっていた。

 しかし、結果を先に書いてしまうと、2日間のロンドン興行は大成功に終わった。ご存知のように、試合内容は初戦が17-13、第2戦も12-8でヤンキースが連勝するという、大味もここに極まりの大乱打戦となった。ところがこの試合内容も含め、ロンドンっ子は大いに盛り上がり、史上初の欧州MLB公式戦を満喫したのである。

 初戦当日の6月29日は、ロンドンでも珍しい摂氏34度の真夏日の晴天となり、五輪跡地に作られたビクトリア公園と隣接し、また様々な野球イベントも開かれたこともあって、6時プレーボールの3時間前の時点でロンドンスタジアム周辺は多くの人だかりとなった。

 その客層に目を向けると「ブルージェイズ」「オリオールズ」「インディアンズ」「フィリーズ」「カージナルス」「アストロズ」等々、ラングドン記者の言葉通り、MBLの様々なチームのユニフォームが集結していた。また野球国から日本人、韓国人のファンの姿も見えた。しかしそれは良い意味でお祭りムードを醸し出し、オールスター戦の雰囲気を生み出していた。

「フィラデルフィアに住んでいた時に野球に出会った」と話してくれたのは、ロンドン郊外ケント在住のサイモン・パウエルさん。実際、初戦と第2戦の2日間で30人の観客に話を聞いたが、サイモンさんのようにアメリカ在住体験のある人が12人もいた。またアメリカ旅行中に生で野球を見たという人が6人を数えた。

 考えてみれば英国はアメリカから見て、最も近い欧州国。人の行き来は多く、アメリカで本場の野球を体験したという英国人が大勢いたとしても全く不思議はない。

両軍点を奪い合う大乱戦にもファンは熱狂、ブーン監督は「観客席はエネルギーに溢れていた」

 また英国人の中に野球が静かに浸透した原因の一つに、両国の言語が同じ英語であるということがある。だから、ワトフォード在住のネイサン・パーさんのように「テレビ中継を見てベースボールにハマった」と言うファンも多かった。

 当然の話だが、アメリカのMLB中継も英語で行われる。たとえルールが分からなくても、英国人ならテレビを見ていてばアナウンサーや解説者の言うことは理解できるというわけだ。

 もしもこれがフランス語やドイツ語だったら、こうはいかなかっただろう。テレビで未知のスポーツを外国語で語られては、見続けることは難しい。

 また、英国とアメリカが同じ言語を共有しているということに関しては、プレーボール前に行われた両国の国歌斉唱でも改めて実感することができた。

 同じ英語を話す、言葉の壁がないという事実は、英国で野球のファン層を広げる大きなアドバンテージとなっている。それなら、シェークスピアの国、演劇の国であることを誇りにしながら、ハリウッド映画に夢中になるのと同じように、若い世代にクリケットも野球も両方好きだという人間が増えてもおかしくない。

「ニューヨークで見たメッツとマーリンズの試合は19イニングで1-0。それに比べたら最高だ」

 初戦終了直後に笑いながらそう話してくれたのはロンドン在住のアラン・ジョブさん。リック・ポーセロ、そして我らがマー君こと田中将大のエースを筆頭に、両軍投手陣が急造グラウンドに戸惑い総崩れとなり、16人のピッチャーが繰り出された4時間42分の試合。野球通なら“大凡戦”と断じる試合も、ロンドンのファンは生でMLBを観戦した喜びに溢れる表情で帰路に着いた。

 ヤンキースのブーン監督は、両軍合わせて30得点を記録し、午後11過ぎからとなった初戦後の会見で「いつもこんな試合ばかりだと思われては困るが」と苦笑まじりに釘をさしながらも、「クリッケットは週末に2〜3日かけて試合をやる。英国人はそれに慣れているから良かった。観客席はエネルギーに溢れていて、本当に素晴らしい雰囲気だった」と語り、乱打戦にだれず、お祭りムードを貫いたロンドンの観客に感謝した。

ムーキー・ベッツとメーガン王妃がハグする場面も

 6月30日に行われた第2戦も晴天。そして友好ムードも続く。

 この日曜日の試合に16歳の娘と2人で観戦に訪れたカーディフ在住のマット・ジョンソンさんは、「ニューヨークに住んだ時にヤンキースファンになった。昨日の試合はすごかったね。今日もホームランが見たい」と笑顔で話してくれた。このコメントからもお分かりの通り、彼にもまたアメリカ在住歴があった。

 また英国のロイヤルファミリーもこの友好ムードの背中を押した。

 ご存知の通り、昨年ハリー王子と結婚したメーガン王妃はアメリカ人。そんなアメリカとの絆が強い夫妻がレッドソックスの控え室を訪れると、スーパースター・ムーキー・ベッツがメーガン王妃に「我々の祖先が同じだという話は聞いたことがありますか? 僕らは家族なんです」と話しかけた。すると王妃は「まあ!」と驚いて、すぐさまベッツをハグするというハプニングが飛び出した。

「ロンドンではいい発表会(ショーケース)ができたと思う。今回の試合で、多少なりとも野球の魅力を伝えることができたのではないか。観客のエネルギーはとどまることを知らなかった。昨日はほぼ5時間、今日も4時間以上の試合したが、観客からの反応が衰えることはなかった。この2試合は(英国における野球の浸透に)本当に大きな足跡を残し、これに参加できて本当に良かったと思っている」

 2連勝という結果も出たこともあるだろうが、第2戦後のブーン監督の発言にはロンドンに対する親しみがにじんでいた。

 こうして天気にも英国王室のサポートにも恵まれたロンドンシリーズは大盛況で幕を閉じた。8回には「スウィート・キャロライン」の大合唱。試合終了後には「ニューヨーク・ニューヨーク」が響いて、スタジアムにはメジャーの香りが充満した。

 けれども残念ながら英メディアの報道を見ると、ハリー王子とメーガン王妃の訪問ばかりが大きく伝えられる始末。英大衆紙ザ・サンなどは、歴史的初戦の翌朝「ホットドックをはじめとする2000カロリーのアメリカ的なスナックセットが24ポンド(約3480円)だった」と報じ、試合内容に関しては皆無という記事を掲載していた。

 しかし、アメリカとの繋がりがある英国人は多く、その交流の中で野球に魅せられたファンは確実に増えている。

 冒頭、ラングドン記者は「英国人の95%が野球に関心がない」と言っているが、この国の人口は約6000万人。5%がファンになれば300万人の観客がいることになる。

 とすれば95%の大多数の無知を相手にするメディアの懐疑的な報道はともかく、サッカーのシーズンオフの夏の風物詩として、MLBがロンドンに定着する可能性は大きいのではないか。

 すでに来年にはカブスとカージナルスのロンドンシリーズが予定されているというが、潜在的ファンが300万人いるとするなら、2日間で12万人の観客を集客するのは造作ないはず。ロンドンで毎年MLBが見られるのは英国在住の日本人にも朗報、来年の成功も期待したい。(森昌利 / Masatoshi Mori)

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