「忘れられない、あの瞬間」ツインリンクもてぎ20周年企画第10回:渡辺一馬

2017年7月26日(水)15時56分 AUTOSPORT web

 開業20周年を迎えたツインリンクもてぎ。その歴史に縁深いドライバーやライダーたちに、ツインリンクもてぎにまつわるエピソードや想いを聞く短期集中連載企画。第10回は渡辺一馬の登場だ。


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 栃木県出身の現役ライダーである渡辺一馬。ロードレース世界選手権(MotoGP)125ccクラスに出場した経験を持ち、2016年にはTSRホンダからFIM世界耐久選手権(EWC)にフル参戦。開幕戦ル・マン24時間耐久ロードレースでは3位表彰台を獲得した。


 2017年シーズンはチームをTSRホンダからカワサキ・チームグリーンへ移し、全日本ロードレース選手権、JSB1000クラスにフル参戦。“コカ・コーラ”鈴鹿8時間耐久ロードレース第40回記念大会にも同チームから出場し、カワサキに1993年以来の8耐優勝をもたらすことを目指している。


 そんな渡辺は、地元サーキットのツインリンクもてぎとは縁が強く、1999年に初めてツインリンクもてぎで観戦したロードレース世界選手権(当時はWGP)の日本グランプリをきっかけにプロライダーを目指すことになったという。


「初めてのツインリンクもてぎは、1999年の日本グランプリです。その時は8歳でした。雨のレースでケニー・ロバーツJr.が優勝したのを覚えています。ビクトリーコーナーのスタンドで、雨に濡れながら見ていました。生でグランプリを見て、『ここで走りたい』と思ったのを覚えています」


 その後、渡辺はツインリンクもてぎで開催されるバイクレースに出場してキャリアを積んでいくことになる。


「もてぎを初めて走ったのは北ショートコースでのポケバイレースでした。家が同じ栃木県の鹿沼なので、父に連れられて走りに行きました。そのとき僕はまだ10歳ぐらいでしたね。それからミニバイクレースにステップアップしました」


 渡辺は16歳となった2006年に全日本ロードのGP125クラスにフル参戦を開始。また、その年に開催されたMotoGP日本グランプリの125ccクラスにスポット参戦を果たす。渡辺は全日本ロードへのフル参戦、MotoGPへのスポット参戦が実現できたのは地元ツインリンクもてぎの影響が大きかったと明かす。

2006年にMotoGP日本グランプリ125ccに初参戦した渡辺一馬。2007年も参戦。
2007年MotoGP日本グランプリ125ccにワイルドカードで参戦した渡辺一馬


「当時は16歳になって原付免許などの2輪免許がないとライセンスを取れないルールでした。僕がまだ免許を取れない年齢だったころ、ツインリンクもてぎの方々が動いてくれて、14歳で公式レースに出ることができました」


「16歳で全日本にフル参戦できたのも、グランプリに参戦できたのも、ツインリンクもてぎのお陰です。今では14歳から公式戦に出場できますが、僕が先駆けだったのかもしれません。ツインリンクもてぎ出身のライダーでよかったと思っています」


 そして、日本のロードレース最高峰、全日本ロードJSB1000クラスのライダーまで登り詰めた渡辺。2017年シーズンは第2戦SUGOで3位表彰台を獲得し、現在ランキング2位につけている。渡辺は最後に8月の第6戦のツインリンクもてぎ戦に向け、意気込みを語った。


「今年からカワサキ。チームグリーンに移籍しました。日本で一番レベルの高いこのクラスで、早く結果を出さなければと思っています。地元栃木のコースで素晴らしいレースを展開して、見に来てくれたお客さんに、ロードレースは楽しいと感じてほしいですし、自分が活躍することで、レースの発展に貢献したいと思っています。是非、ツインリンクもてぎのレースを見に来てください」

2016-2017 ”コカ・コーラ” 鈴鹿8耐のメーカーテストで鈴鹿を走る渡辺


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