阿部一二三と詩、金メダル獲得後に語った思い。「喜びを越えた先の喜びを体感した」

7月26日(月)11時10分 Sportiva

 この偉業は柔道史に太字で書き込まれることになる。五輪で柔道史上初のきょうだい同日金メダル。23歳の兄、阿部一二三(ひふみ=パーク24)と21歳の妹、阿部詩(うた=日体大)。互いに支え合い、信頼し、切磋琢磨してきたふたりが7月25日、東京五輪の表彰台の頂点にともに立った。

同日に金メダルを獲得した阿部一二三と阿部詩

 日本の柔道の聖地、日本武道館。午後7時半。男子66キロ級決勝。一二三が勝利を決めると、先に金メダルを獲得していた妹が会場の隅で両手を突き上げ、小躍りしながら喜びを爆発させた。詩は言った。

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「ホッとした感情と、喜びが交じった感じでした」

 優勝した時の畳の上でのきょうだいの仕草は対照的だった。妹は全身で喜びを爆発させたが、兄は厳しい顔つきを崩さなかった。なぜか。一二三は振り返った。

「あの時は、日本武道館という夢の舞台で金メダルを獲って、胸を張って、畳を下りたいと思ったのです」

 畳から下りると、一二三は一転、古根川実コーチと抱き合い、泣いた。

 直後のテレビインタビューでは開口一番、こう感謝した。

「まず、このような状況で、いろいろな人のお陰があって、オリンピック開催までたどりつけていただいた。そんな、たくさんの思いが、込み上げてきました」

 その約20分後の表彰式。待機場所で兄と妹は抱き合って泣いた。いろんな苦労を思い出しのか。互いに「おめでとう」「ありがとう」と口にしていた。

 表彰式では2度、『君が代』が武道館に流れた。表彰台の頂点に立ったふたりは最高の笑顔を浮かべていた。

 時間を戻す。午後6時45分。女子52キロ級の決勝戦。詩の相手は天敵のアマンディーヌ・プシャール(フランス)。過去、担ぎ技の肩車に屈したことがある。

 詩は、「肩車がほんとうにうまくて。しっかり対策しながら、自分の柔道をして勝とうと思っていました」と振り返った。

 冷静だった。肩のけが、足首にはテーピングをまいての満身創痍の詩だったが、素早い動きで、担ぎ技につながる相手得意の組み手を許さなかった。延長にもつれこみ、試合開始から8分が過ぎようとしていた。相手の技が決まらず、体勢が崩れた瞬間、相手懐にうまく入って、寝技に持ち込んだ。チャンスを逃さなかった。

 東京五輪は新型コロナ禍のため、1年延期された。その1年間の練習でとくに取り組んだのが、実は寝技の強化だった。

 20秒のカウントダウン。一本勝ち。試合終了のブザーが鳴る。この階級では日本女子初の五輪金メダルとなった。詩は畳を両手でバンバンと何度もたたき、号泣した。記者とのミックスゾーンでは、気恥ずかしそうに述懐する。

「あの時、初めての感覚が舞い降りてきました。喜びを越えた先の喜びを体感したのかなと思います」

 その妹の決勝戦を、兄は控え場所のテレビモニターで見ていた。闘争心に火がついた。一二三が思い出す。

「妹がしっかり金メダルを獲ってくれた。僕自身、もう燃える気持ちしかなかった。プレッシャーとかまったくなくて、ひたすら"絶対に勝ってやる"と。妹からはいいパワーをもらいました」

 午後7時25分。男子66キロ級の決勝戦。一二三は強かった。相手のパジャ・マルグベラシビリ(ジョージア)とはケンカ四つ。パワーのある相手に対し、右つり手を効かした、得意の組み手で勝負に出た。

 開始1分50秒。投げ技に対し、相手の重心が後ろにさがった刹那、得意の大外刈りを決めた。「技あり」を取った。技の連携は猛練習のたまものだった。

 一二三の柔道とは、前に出て、豪快な投げで一本を取る攻撃的なもの。これに技の幅と切れ味が加わった。言葉に充実感がこもる。

「今日は、ほんとうに冷静かつ、闘志を燃やして、自分の一本をとりにいく柔道をすることをテーマに試合をしました」

『きょうだいで五輪金メダル』、これが阿部きょうだいの合言葉だった。

 一二三は6歳で柔道を始めた。長男の勇一朗さんと一緒に柔道場に通った。からだが小さいから、女の子に負けて、よく泣いていたという。その時、父からもらった言葉が「一歩ずつ」だった。

 運動神経抜群の一二三は努力も怠らなかった。だれよりも練習に励み、強くなっていった。一歩ずつ。

 その兄を追いかけ、詩は5歳で柔道場についていった。負けず嫌いの妹はどんどん強くなっていった。やがて、きょうだいは同じような成長曲線を描くこととなった。

 2013年9月8日朝。ブエノスアイレスで開かれた国際オリンピック委員会(IOC)の総会で、東京五輪開催が決まった。一二三は16歳、詩が13歳だった。家族でその光景をテレビで見ていて、父・浩二さんは阿部家の夢をつぶやいたそうだ。

「きょうだいふたりで東京オリンピックに出られたら最高やな」

 その夢が、やがて目標に変わった。優勝会見で「そろって五輪金メダルが現実的になったのは?」と聞けば、一二三はこう、説明した。「妹が高校1年生とか、2年生になって、シニアで活躍し始めた時、東京オリンピックの同日優勝を思い描き出しました」と。
 
 2018年9月の世界選手権で、21歳の一二三と18歳の詩が表彰台の真ん中に立った。兄は2年連続の優勝、妹は初制覇だった。
 
 その後、試練が訪れた。一二三はスランプに陥り、けがも続いた。2019年の世界選手権ではライバルの丸山城志郎に敗れて3連覇を逃し、一二三の階級だけが五輪代表決定が遅れた。だが、昨年末の五輪代表決定戦では、丸山との24分間の死闘を制し、代表権をつかんだ。夢がつながった。

 詩も苦しんで苦しんで、やっとで五輪代表のキップをつかんだ。兄は「妹の頑張りからいつもプレッシャーをもらっている」という。妹は「ずっとお兄ちゃんの背中を追ってここまでこられた」と打ち明けた。ここに信頼がある。

 一二三は記者会見で、「自分の人生、まだ23年ですけど」と前置きし、こう続けた。

「この金メダルにすべてが詰まっている感じです。苦しい時期、大変な時期を乗り越えての金メダルです。でも、そんな時期はひとつも無駄ではなかったと思います」

 家族そろっての「一歩ずつ」の結果が、五輪きょうだい金メダルである。阿部家にとってはどんな日ですか、と問えば、一二三は顔をほころばせた。

「自分にとっても、家族にとっても、最高の一日じゃないかなと思います。歴史を塗り替えられたのかと思います」

 阿部家にとっての最高の一日は、日本柔道界にとっても最高の一日となった。さあ、新たな伝説がはじまる。


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