マンチェスター・Uとマンチェスター・Cの両クラブでプレーした選手たち

2021年7月28日(水)16時0分 サッカーキング

マンチェスターの両チームでプレーをしたことがある選手たち [写真]=Getty Images

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 マンチェスター・Uは23日、ドルトムントからイングランド代表FWジェイドン・サンチョが加入したことを正式に発表した。サンチョはマンチェスター・Cの下部組織出身。トップチームでの出場はないまま、17歳でドルトムントに移籍。在籍した4年間で公式戦137試合に出場し、50ゴール64アシストという結果を残し、移籍金7300万ポンド(約111億円)でマンチェスターに戻って来た。しかし今回の契約相手はシティではなくユナイテッドだ。

 ライバル同士の2チームだが、マンチェスターの両チームでプレーをしたことがある選手は少なくない。マンチェスター・Cの公式サイトによれば、その数は40人を超えるという。そこで今回は、過去に両クラブでプレーをしたことのある主な7選手を紹介する。

■デニス・ロー

マンチェスター・C在籍期間:1960年3月〜61年/1973〜74年
マンチェスター・U在籍期間:1962〜73年

 まぎれもなくマンチェスター・Uのレジェンドだが、キャリアの序盤と最後はライバルチームでプレーをした。マンチェスター・Cでの活躍が評価されて1961年にトリノに移籍。その1年後にマンチェスター・Uに加入し、1964年にはスコットランド人史上初となるバロンドールを受賞した。マンチェスター・Uでは所属した11年間で公式戦404試合に出場し、237ゴールをマーク。現役最後の1年は再びシティでプレーをし、最後のゴールは慣れ親しんだオールド・トラッフォードで記録。皮肉にもそれは、ユナイテッドの2部降格を決めるゴールとなった。

■ブライアン・キッド

マンチェスター・U在籍期間:1967〜74年
マンチェスター・C在籍期間:1976〜79年3月

 マンチェスター生まれで、現役時代だけでなく、指導者としても両クラブで大きな功績を残した。マンチェスター・Uのアカデミー出身で、トップチームに昇格した1967−68シーズンにチャンピオンズカップ優勝に貢献。しかしクラブの2部降格に伴い1974年にアーセナルへ移籍。その2年後に故郷に戻り、2年半マンチェスター・Cでプレーをした。

 ユースのコーチとしてマンチェスター・Uに復帰したのは1988年。その後、1991年からブラックバーンの監督に就任する1998年12月まではサー・アレックス・ファーガソンのアシスタントコーチを務めた。

 イングランド代表アシスタントコーチなども経験した後の2009年に今度はマンチェスター・Cのコーチングスタッフに入閣。ロベルト・マンチーニ、マヌエル・ペジェグリーニ、ペップ・グアルディオラの3人の監督の下でアシスタントコーチを務め、今月2日に辞職した。グアルディオラ監督は今年4月のカラバオ・カップ優勝記者会見にキッドを伴い、「この場をブライアンと分かち合いたい。ユナイテッドとシティで長年活躍してきたこの国のレジェンドだ。私は彼が大好きだ」と72歳の名コーチに最大の敬意を示していた。

■アンドレイ・カンチェルスキス

マンチェスター・U在籍期間:1991〜1995年
マンチェスター・C在籍期間:2001年1月〜2001年5月

 90年代前半にマンチェスター・Uの右ウィングバックとして輝きを放った元ロシア代表。プレミアリーグ創設年と翌年の連覇に大きく貢献。1994−95シーズンにはオールド・トラッフォードでのマンチェスター・ダービーでハットトリックを達成。アウェイでも1ゴールをマークした。マンチェスター・Uを退団した後はエヴァートン、フィオレンティーナ、レンジャーズと渡り歩き、マンチェスター・Cにはレンジャーズからのローンの形で半年間だけプレー。しかしユナイテッド時代のようなインパクトを残すことはできなかった。

■ピーター・シュマイケル

マンチェスター・U在籍期間:1991〜1999年
マンチェスター・C在籍期間:2002〜2003年

 “トレブル(3冠)”を達成した1999年までマンチェスター・Uの絶対的守護神の座に君臨した元デンマーク代表GK。マンチェスター・Uでは所属した8年間で主要タイトル10個を獲得した。マンチェスター・Uを離れた後は、スポルティング、アストン・ヴィラを経由して2002年にマンチェスター・Cに加入し、1年後に現役を退いた。なお、“マンチェスター・ダービー”で絶大な強さを誇ったシュマイケル。マンチェスター・C側で出場した1試合を含め、全12試合を9勝3分けの無敗で終えている。

■アンディ・コール

マンチェスター・U在籍期間:1995年1月〜2001年12月
マンチェスター・C在籍期間:2005年2月〜2006年

 3冠を達成した1998−99シーズンにはドワイト・ヨークと合わせて53ゴールをマーク。破壊力抜群の名コンビを形成したコールは、マンチェスター・Uで過ごした7年間で公式戦275試合に出場して121得点という成績を残した。オールド・トラッフォードを離れた後はブラックバーン、フルアムを経由して2005年2月に、息子のデヴァンテがユースに所属していたマンチェスター・Cに加入。1年半だけプレーをした。引退後はMKドンズ、ハダースフィールド、サウスエンドなどでコーチを務めたA・コール。2017年には腎臓移植を受けたことが大きな話題となった。

■カルロス・テベス

マンチェスター・U在籍期間:2007〜2009年
マンチェスター・C在籍期間:2009〜2013年

 マンチェスターの2チームで強烈なインパクトを残した元アルゼンチン代表FW。マンチェスター・Uにはウェストハムからのローンという形で2シーズン在籍。ウェイン・ルーニークリスティアーノ・ロナウドと共に英国史上屈指の3トップを形成。1年目のCL制覇に加え、プレミアでは2連覇を達成した。2009年に加入したマンチェスター・Cでは4年間で73得点をマーク。44年ぶりのリーグ制覇を果たした2011−12シーズンには無断帰国で一時は構想外となるトラブルもあったが、クラブ年間最優秀選手(2009−10)やプレミア得点王(2010−11)に輝く功績も残している。

■オーウェン・ハーグリーブス

マンチェスター・U在籍期間:2007〜2011年
マンチェスター・C在籍期間:2011〜2012年

 マンチェスターで過ごした5年間はケガとの戦いだった。2007年にバイエルンから推定1700万ポンド(当時約40億円)でマンチェスター・Uに加入。初年度の2007−08シーズンは公式戦34試合に出場し、PK戦までもつれたCL決勝チェルシー戦にもフル出場。ハーグリーブスはPK戦で4人目のキッカーを務めて成功させ、ビッグイヤー獲得に貢献した。しかし翌シーズン以降は膝の負傷から完全に回復することなく、公式戦でピッチに立ったのは3年間でわずか5回。2011年に1年契約で加わったマンチェスター・Cでもリーグ戦ではわずか“13分間”の出場に終わった。

(記事/Footmedia)

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