影響大は外観よりフロア変更。GTA-GT300車両に導入された新規定をおさらい【2023年GT300開発競争その1】
2023年8月1日(火)17時35分 AUTOSPORT web
2023年、チーム独自の開発、進化が認められているスーパーGTの(GTA-)GT300規定車両に、空力を中心とした新たなレギュレーションが導入された。新規定の根幹にあるのは『基本車両と同様の外観を維持』すること。コーナリングマシンとしての“翼”を失う方向の規定と言える。
だが、3戦を終えた現時点のドライバーランキングは、FIA-GT3車両のリアライズ日産メカニックチャレンジGT-R(ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ/名取鉄平)が30ポイントでトップに立ってはいるが、同ポイントでmuta Racing GR86 GT(堤優威/平良響)、わずか2ポイント差で埼玉トヨペットGB GR Supra GT(吉田広樹/川合孝汰)のGT300規定車両が続く。
2023年の新レギュレーションはGT300規定車両にとってプラスに働いているのか? あらためて新規定による変更点と、各車の対策をおさらいしていく。
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GT300規定車両は、かつてJAF-GTの呼称で分類されていた時代から変わらず、軽さと空力によるコーナリングスピードを最大の武器としてきた。しかし、FIA-GT3車両を主流とする現在のGT300クラスにおいて、GT300規定車両はBoP(バランス・オブ・パフォーマンス)による性能調整によって徐々に重さを増していき、それを補うために空力デザインはやや過激な方向に進んでいった。
その最たる例が、2021年仕様のSUBARU BRZ R&D SPORTが採用した、フロントフェンダー前方を大きく張り出させたデザイン。これはプロトタイプカーのフェンダー前方が切り立っているのと同じ思想で、ドラッグの低減を狙ったもの。走行風を最初に受ける場所でもあり、後方への空気の流れも含めて効率が高いモディファイだ。もちろん、この部分だけの効果ではないが、SUBARU BRZ R&D SPORTは2021年シーズンのGT300クラスを制覇している。
2022年シーズンには、Syntium LMcorsa GR Supra GTもフェンダー前方を張り出したフロントカウルを投入している。両車はCFD(数値流体力学)を使用してエアロを開発しているが、CFDの数値を追い求めていくと同じようなデザインに行き着くということなのだろう。なお、プライベートチームでCFDの予算を割けないHOPPY Schatz GR Supra GTは「BRZの真似」と公言し、2022年に同様のデザインを採り入れている。
自動車のフロントビューは、ヘッドライトを目として人の顔に例えられ、見る者に与える印象が強い。顔の一部であるフロントフェンダー前方が大きく張り出していると、見た目の印象は大きく変わる。レーシングカーはサーキットを走る広告塔だ。ベース車両の面影が薄くなりすぎてしまっては、広告塔としての意味を成さなくなってしまう。2023年から導入された『基本車両と同様の外観を維持』することは、至極真っ当な規定ということだ。
また、2022年シーズンがデビューとなったトヨタGR86はボンネットにバルジを設けていた。これはベース車両が水平対向エンジンを搭載するのに対し、厚みがある5.4リッターのV型8気筒自然吸気エンジンを搭載するためにスロットルを逃がすための膨らみだったが、これも同様の理由で禁止になっている。その他の主な変更点としては、リヤフェンダー後方の開口部はタイヤカスの飛散抑止を目的に、ルーバーや細密なワイヤーメッシュ、パンチングメタル等で覆う決まりとなった。
しかし、各チームの話を総合すると、見た目に分かる外観の空力はベース車両の形状に左右される面が強く、新規定による影響はそれほどでもないという。それ以上に、フロア側で見直された規定の影響が大きいそうだ。
■空力においてプラスになるフロア新規定は、チームによってマイナスに
フロア側では、新規定によりフラットボトムの面積が縮小された。2022年までは前後とも車軸間がフラットボトムだったのに対し、フロントタイヤ後端とリヤタイヤ前端の間となり、下面における空力開発の領域が広がったのだ。さらに、フロントはスプリッター面積が拡大されたことでキール形状の設置が可能となり、リヤはディフューザーのキックアップポイント(始点)が前進し、ギヤボックスの逃げは直方体だけでなくキール形状での設置も認められた。また、スキッドブロックは前後分割式だったが、後ろ側が縁石に引っかかりスピンを誘発する原因でもあったため、それを防止するべく一体化されている。
フロア側の新規定だけを見れば、空力開発の自由度が高まり、なかでもリヤディフューザーの効果範囲が広がったことは、エアロダイナミクスにおける空力効率(L/D(エル・バイ・ディー)=揚力と空気抵抗の比)においてプラス材料だ。しかし、チームによってはマイナスになることもあるようだ。
というのも、旧規定ではディフューザーの傾斜プレートの最大設置幅が950mmであったのに対し、新規定では1300mmに拡大。タイヤハウス底面に規定はなく、以前はそのスペースを利用して凹形状の小さなアップスイープを設けるチームも多かった。これは「トリックディフューザー」と通称されるもので、吸盤のように路面に吸い付く効果があったという。
だが、傾斜プレートの左右両端位置が拡大したことで、そのワザを使えなくなってしまった。ディフューザーは延伸されたが、後端の高さは150mmと変わらないこともあり、トリックディフューザーを使っていたチームにとっては数値上のピークはマイナス方向になってしまったのだ。
ただ、トリックディフューザーは効果が突然抜けることもありピーキーな特性だったが、ディフューザーの前進によってダウンフォースの発生地点が中心に寄り、扱いやすい特性になったという。ダウンフォースの絶対量は減ってしまったが、決勝での安定感は上がる方向になったというわけだ。
残念なのは、ボディ側以上に効果があるフロア側は“明かされない”こと。とはいえ、空力はボディとフロアの両面でバランスさせることが肝要であり、それが2023年規定における開発競争の焦点となる。次回からはトヨタGRスープラ、トヨタGR86、スバルBRZの車種ごとに、“明かされた”ボディ側の空力モディファイを中心に紹介していく。