コロンビア主将はギャングのヒーロー。危険地帯が生んだストライカーのバックボーン【リオ五輪サッカー】

8月7日(日)9時1分 フットボールチャンネル

ブラジルW杯日本戦にも出場していたストライカー

 リオ五輪サッカーで、日本代表は第2戦でコロンビア代表と戦う。キーマンの1人がストライカーのテオフィロ・グティエレスだ。異色の経歴を持つFWは、一般人が近づけないような危険な地域の出身。どのように育ったのか。現地に記者が潜入した。(取材・文:北澤豊雄)

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 コロンビアのリオ五輪メンバーの中に、野性味のある男がいる。オーバーエイジ枠で選ばれた31歳の点取り屋、テオフィロ・グティエレスだ。コロンビアに語学留学してこの国のフットボールに染まった筆者は、ブラジルW杯を控えた2014年5月の暑い日に、彼の実家を訪ねている。

 ポルトガルリーグのスポルティング・リスボンに所属するテオフィロの実績は、リオ五輪メンバーの中で存在感を放つ。コロンビアリーグとアルゼンチンリーグでそれぞれ得点王に輝いている。

 アルゼンチンリーグの名門リーベル・プレート時代の2014年シーズンはストライカーとしてチームを牽引し、リーグ優勝とコパ・リベルタドーレス(南米クラブ選手権)を制した。この年、南米のクラブでプレーする選手の中でもっとも活躍した人に贈られる南米年間最優秀選手賞を受賞。ブラジルW杯の日本戦で背番号9を背負っていたのも、テオフィロだった。

 本格的な欧州挑戦の舞台となった2015/2016シーズンのスポルティングではリーグ戦で11得点をマーク。惜しくも優勝は逃したものの、2位につけ、チャンピオンズリーグ(CL)への切符を手にしている。欧州でも着実に足跡を残しつつあるのだった。

 だが彼の故郷に足を踏み入れると、その華やかさは吹き飛んでしまう。

 カリブ海に面するコロンビア北部のバランキージャ市は、人口約190万人の工業の盛んな街である。日中の日射しは路面を焦がすのではないかと思うほど暑く、歩いているだけで体中から汗が噴き出てくる。

 首都ボゴタから高速バスでおよそ22時間。バスの発着所を降りて付け待ちのタクシーに乗り込み、テオフィロが育った「チニータ」(Chinita)地区の名を告げると、運転手は首を振って私の乗車を拒否した。治安のよくないエリアだから、行きたくないというのだ(注:今年4月にも路上に切断された首が落ちていたことを現地紙は伝えている)。

犯罪集団と関わることも。地元ではヒーロー

 結局私は現地在住の日本人の手を借り、静岡県に住んだことのある日系人のタクシー運転手、ゲンゾウ・ドク(注:バランキージャ在住の日系人。過去に静岡へ出稼ぎに行った経験も)を紹介してもらった。チニータ地区はギャング団が跋扈する地域だったのだ。

 チニータ地区からそう離れていない今の家で、テオフィロの父グティエレスが苦笑を浮かべながら当時を振り返る。

「不良グループの縄張り争いなど、抗争が絶えない地域だった。銃撃戦や殺しも日常茶飯事だった。テオフィロもそんな悪い連中と関わり合いになることはあった。しかし、ここでは特別なことじゃないんだ。この地域の子供は誰もがそうなってしまう。彼はこの環境からよく抜け出したと思う」

 周囲の環境に流されなかったのは、フットボールがあったからだ。

「ピベが好きでね。テレビに彼が映ると、ピベ! ピベ! と騒いでいた。彼に憧れて、8歳から地元の《フランキー》という少年サッカーチームでボールを蹴り始めた」

 ピベとはコロンビアサッカー界の英雄、カルロス・バルデラマの呼称である。

 叔父のオマル・ロンカンシオンも懐かしそうに当時を語る。

「テオは学校だってろくに行ってなかった。でも、とにかくサッカーだけは好きだった。フランキーに入るまでは、いつも路上でボールを蹴っていた」

 バランキージャ市に本社のあるコロンビアブロック紙「エル・エラルド」(El Heraldo)の日系人記者、ケンジ・ドクも誇らしげだ。

「バランキージャはコロンビアで一番サッカーの盛んな場所です。テオはそこの治安の悪い地域で育ち、地元のクラブで活躍し、アルゼンチンに行った。我々のヒーローです」

味方と乱闘、主審のスプレー奪ったことも

 バランキージャ市のヒーローはアルゼンチンリーグの「ラシン」ではゴールハンターとしての天賦の才が開花した一方、たびたびトラブルを起こす問題児でもあった。プレー中に相手選手を巧みに殴る癖は常態化しており、そのためファールの判定や接触をめぐって相手選手と揉めることが多かった。

 主審に体当たりした末に暴言を吐いたことがあれば、練習中に同僚のキーパーと殴り合いを始めたこともあった。挙げ句の果てはロッカールームで試合の内容を巡ってキーパーと口論になり、仲介に入った同郷のチームメイトの顔を殴るだけならまだしも、エアガンを出して「殺すぞ」と脅し、警察沙汰になったこともある。

 とはいえ、そのラシン時代にアルゼンチンリーグで得点王を獲得、数年後には名門リーベル・プレートのエースとしてリーグ優勝の栄冠を手にしている。毀誉褒貶の激しい彼のことをアルゼンチンのメディアは、「テオフィロはヒーローか? 悪党か?」と問いかけた。

 父親が苦虫を噛みつぶしたような表情を見せる。

「サッカーのことになると、熱くなってしまうことがある。ただ、コロンビア代表の常連となり、監督のペケルマンに素行の悪さを指摘されるようになってからは大人しくなった。家では素直で家族思いの男なんです」

 昨年12月のヨーロッパリーグ(EL)でトルコのベシクタシュを迎えた試合でテオフィロは、得点を決めた直後に主審に駆け寄り、主審の腰にあるバニシング・スプレーを奪うように手にした。その日が誕生日の母親に向けてピッチにメッセージを描こうとしたらしいのだ。だがあいにく上手に噴射されず、直後にイエローカードが出されている。

 気性は荒々しく動物的で顔つきもキングコングのようだが、そんな微笑ましい一面とのギャップが愛されているのか、コロンビアでの人気は高い。プレイヤーとしての彼の魅力を一言でいえば、ためらうことなく右足を振り抜く豪快なミドルシュートだろうか。ゴール前での駆け引きと小競り合いも見逃せない。

 その実績と実力はもとより、生い立ち、キャラクターともにコロンビア代表メンバーの中で注目される選手であり、日本にとって手ごわい相手になるだろう。

(取材・文:北澤豊雄)

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