「イケるやん」稲本潤一はロシアW杯を見て1999年の快挙を思い出した

8月7日(水)6時17分 Sportiva

世界2位の快挙から20年……
今だから語る「黄金世代」の実態
第14回:稲本潤一(3)

 1999年ワールドユース(現U−20W杯)のあと、稲本潤一は日本代表の中心選手となり、日本サッカー界の表舞台を駆け抜けていった。2000年シドニー五輪、2002年日韓共催W杯、2006年ドイツW杯、2010年南アフリカW杯……。

 そんな稲本が、昨年開催されたロシアW杯における日本代表の戦いを見て、20年前のナイジェリアでのことをふと思い出したという。


ロシアW杯における日本の快進撃を見て、20年前の快挙を思い出したという稲本潤一

「実際に行っていないのでわからないけど、(チームの)ムードは1999年の時(のチーム)と『似ているんちゃうかな』って思いました。プレーしている選手も、ベンチの選手も表情が明るかったし、試合ではみんな、気持ちが出ていたんでね。

 それに、監督の西野(朗)さんがすごいなって思った。(グループリーグ最後の)ポーランド戦で主力選手を休ませて、試合の終盤はボールを回す”賭け”に出た。そんな一か八かの勝負に出て勝ったからね。

(20年前の)ナイジェリアの時のチームは『まだイケるやん』という可能性を感じることができたけど、(ロシアW杯の)西野さんのチームも(決勝トーナメント1回戦の)ベルギー戦の戦いを見て『まだイケる』と思ったし、すごい可能性を感じさせるチームやったと思う」

 日本代表はまだ、W杯ベスト16の壁を超えていない。男子のサッカーでは、2001年コンフェデレーションズカップで決勝進出を果たしているが、「W杯」と名の付く大会では、世代別の大会を含めて1999年ワールドユース準優勝が最高位になっている。もう20年も記録が破られていないのだ。

 その間、「黄金世代を超えるだろう」と言われた”プラチナ世代”などもあったが、実際には世界大会で結果を残せず、その世代の選手の多くがほとんどブレイクせずに終わっている。選手の質、量ともに「黄金世代」を超える世代は、まだ生まれていない。

 そのことを、稲本はどう考えているのだろうか。

「今の選手のほうが、個の質も、経験値も間違いなく高いと思うんですよ。俺らの時は(大阪のチームなら)大阪と関西にあるチームとしか試合ができんかったけど、今は(全国レベルの)プレミアリーグとかあって、いろいろなチームと試合ができている。海外にも結構行っているしね。ただ、今の指導方法とか見ていると、『ほんまにこれでええんか』っていうのはあります」

 そう言って、稲本は苦笑した。

 稲本は、JFA(日本サッカー協会)のB級コーチ指導者講習を受けた際、驚いたことがあったという。

「自分らが小さい時は、走るのが遅いだけでも叩かれたりした。それって、理不尽だし、普通にあかんことだけど、そういうところから人間の図太さって磨かれていくと思うんですよ。

 でも今は、B級の指導者講習などに参加すると、やたらと選手を褒めるんです。(選手が)わからんかったら、丁寧に教えてあげなあかん。選手に対して『なんでそこまで気を使って、そんなに気持ちよくさせてあげなあかんの』って感じなんです。昔は、できない選手は『自分で考えろ』っていうのが普通やったし、そこで考えることで成長できるんやけどね……」

 今の時代、鉄拳指導は許されない。言葉で選手を盛り立てて指導する。ただそれでは、厳しい世界で戦っていくために必要なメンタルを、十分に鍛えることができない。稲本なら、自らが子どもの頃に受けてきた指導を、今風にどうアレンジしていくのか——。稲本が指導者になる姿も、早く見てみたい気がする。

 ナイジェリアで一緒に戦った面々は、すでに何人か指導者となった。ちなみに、稲本と同じく”控え組”だった氏家英行は昨年度、Jクラブの監督が務めることができるS級ライセンスの講習を受けて合格。今年中には、同ライセンスを取得できる予定だ。

 同様に、昨年は小笠原満男が現役引退。指導者の道を歩むことになった。同世代でプレーしている選手が徐々に減ってきている。

 今年、40歳を迎えるので、それは自然の摂理でもあるが、逆にこの年齢になってもJリーグでプレーできるのは、「黄金世代」だからこそ、でもある。

 稲本は昨年、わずかな出場機会しか得られず、北海道コンサドーレ札幌との契約が満了となった。2018年シーズン、Jリーグの出場は2試合。年齢的なものもある。「引退」という声も囁かれたが、稲本は「そんな気は微塵もなかった」と言う。

「B級(ライセンス)を取りにいって、指導者としては、自分が言うことを選手が聞いてくれて、うまくいった時とかの面白さはあるけど、選手としてピッチに立って、サッカーをする充実感とかの楽しさには、まだまだ勝てないですね。

 昨年は試合に絡めなかったけど、練習でも成長はできたし、ピッチの上でいろいろな世代とサッカーをするのは楽しい。それに指導者って、現役をやめたらいつでもできる。でも、現役はやめたら、そこで終わりなんで。続けることに意味があると思うし、俺はしがみついてでも(現役で)サッカーをやっていきたいと思っています」

「しがみつく」という言葉が、自然にふっと出る。それほど、稲本はサッカーが好きなのだ。

 そのため、札幌との契約満了後、「(現役で)やれるところがあれば」と、リーグのカテゴリーにもこだわらずに、プレーができるチームを探した。最初にJ3のSC相模原が手を上げ、稲本は即加入を決めた。

「ヤット(遠藤保仁)とか、まだ第一線でプレーしている選手をはじめ、現役を続けている選手はみんな、マジでがんばってほしい。カテゴリーの違いはあるけど、やっぱり現役でやっているのが楽しいからね。ちょっとやそっとのケガでやめてほしくないよね」

 稲本は自らに言い聞かすかのように、そう言った。

 相模原では開幕戦からベンチ入りし、すでに試合出場も果たした。経験豊富なベテランとして、戦力になっているのはもちろん、チームのムード作りにも欠かせない存在となっている。プロ21年目のシーズンは始まっているのだ。

「(現役生活が)長いっちゃ、長いよね(笑)。最初の頃は『35、36歳でやめているやろなぁ』って漠然と思っていたので、まさかここまでやっているとは思わんかった。

 でも、昔に比べたら、トレーニング方法も、サプリメントもかなり変わって、サッカー(選手の)寿命は延びていると思うんですよ。それに、この年齢だからこそ、うまくなることがあるんじゃないかなって思うんでね。まだまだサッカーがうまくなりたいし、サッカーをもっと深く知りたいので、これからも(現役を)やり続けますよ」

 稲本は今後もプレーし続け、そして、現役でやれることを証明してくれるだろう。



「黄金世代」について語る稲本

 ワールドユースから20年が経過した今、「黄金世代」と呼ばれた面々は、現在も現役を続ける選手がいる一方で、引退した多くの選手もサッカー界で仕事をしている。彼らは、日本サッカー界にどんな風を吹かせたのだろうか。

「歴史を最初に作ってきた世代なんじゃないかな、と思いますね。ワールドユースからシドニー五輪を経て、日韓W杯では歴史的な勝ち点3を獲って、日本初の決勝トーナメント進出を果たすなど、結果も出してきている。日本サッカーの方向性を示してきた世代やと思うし、日本サッカーのベースを作ってきた世代かな、と。それは、誇りに思ってええんちゃうかなって思います」

「黄金世代」の選手たちはワールドユース準優勝という結果を出して、まだ世界で勝つことを知らなかった日本サッカーに自信を植え付け、実際に自国開催のW杯で世界と戦えることを示した。初出場のフランスW杯で3連敗した国が、2度目のW杯でいきなりベスト16入りを果たすのである。その躍進において、圧倒的な人材の宝庫である「黄金世代」が、どれほどの影響を与えたかは計り知れない。

 当時の稲本や小野伸二の活躍を知るファンは、「黄金世代」に対する思い入れが深い人が多い。今なお「黄金世代」と呼ばれることについて、稲本はどう思っているのか。

「恥ずかしいですよ。もうええオッサンやしね(苦笑)。でも、『黄金世代』って呼ばれて、持ち上げてくれるし、いろいろなところで取り上げてくれるので、ありがたい。

 ただ、今もそう呼ばれるってことは、あまり下の世代が育ってきていないのかな。それで、俺らが『黄金世代』って言われるのかな、と……。いつか、俺らがそう呼ばれなくなって、新しい『黄金世代』が出てきた時、日本のサッカーがさらに強くなるんじゃないかなって、思います」

“新・黄金世代”が生まれ、そのチームを稲本が指揮する。新旧の「黄金世代」が交わり、世界の舞台で戦う——そんな日が来るのが待ち遠しい。

(おわり)

稲本潤一
いなもと・じゅんいち/1979年9月18日生まれ。大阪府出身。SC相模原所属のMF。ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪→アーセナル(イングランド)→フラム(イングランド)→ウェスト・ブロミッジ・アルビオン(イングランド)→カーディフ・シティ(イングランド)→ウェスト・ブロミッジ・アルビオン(イングランド)→ガラタサライ(トルコ)→アイントラハト・フランクフルト(ドイツ)→スタッド・レンヌ(フランス)→川崎フロンターレ→北海道コンサドーレ札幌

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