【中野信治のF1分析第5戦】突然のトップ勢力逆転現象。レッドブル&フェルスタッペンの確信と驚きのデータ分析力

2020年8月13日(木)6時45分 AUTOSPORT web

 7月から始まった2020年のF1シーズン。王者メルセデスに対して、対抗馬最右翼のレッドブル・ホンダはどのような戦いを見せるのか。レースの注目点、そしてドライバーやチームの心理状況やその時の背景を元F1ドライバーで現役チーム監督、さらにはF1中継の解説を務める中野信治氏が深く掘り下げてお伝えする。第5戦F170周年記念GPで、ついに今季初優勝を飾ったレッドブル・ホンダとマックス・フェルスタッペン。第4戦の完敗から、連戦でメルセデスと勢力が逆転するに至った背景を推察しつつ、決勝でメルセデスに起きたブリスターについて、ドライバー視点で振り返ります。さらに、スーパーGT、FIA-F2でもホンダが勝利を挙げ、まさに『夏のホンダ祭り』となった週末についても中野氏の感想をお届けします。


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 レッドブル・ホンダとマックス・フェルスタッペンが今季初優勝を挙げたF1第5戦ですが、同じシルバーストン・サーキットでの開催ながら、前戦の第4戦とは違った意味で、やっぱりレースというのは本当にわからないものだということを改めて感じたレースでした。


 第4戦イギリスGPのときはミディアムタイヤでも、ソフトタイヤでもレッドブル・ホンダはメルセデスとは約1秒の差があったのに、第5戦ではタイヤコンパウンドが1段階柔らかくなり、指定内圧の変更などもありましたが、その変更などでこんなに勢力図が変わってしまったということがいまだに信じられないですし、その要因は正直、僕も今の時点ではわかりません。


 振り返ってみると、予選Q2でフェルスタッペンが唯一ハードタイヤでQ3に進んだというのは本当に大きかったですね。Q2をハードタイヤで行ったというのは、戦略も含めて勝算があったことに加え、ハードタイヤでの走行、そしてマシンの仕上がりにも自信があるということの裏返しでもあります。


 見ている側としてはあまり気づかなかったかもしれないですが、その戦略を選択した時点で、レッドブル・ホンダ側としては相当の自信があったのだと思います。それがマシンの仕上がりなのかどのような根拠なのかはわからないですが、レッドブルとしては第4戦から第5戦までの連戦の間にファクトリーで第4戦のデータを全部分析して、これなら行けるという手応えが得られたのだと思います。


 そして第5戦に向けてクルマのセットアップを変更して、そのセットアップに関してもいろいろな角度からデータ分析をして、そして実際の金曜日の走り始めの持ち込みセットアップがクルマのスイートスポットにうまくはまったのでしょう。そうとしか思えない結果ですよね。


 その作業を連戦の間のわずか1週間という短い時間のなかで、あそこまでまとめ上げたというのはレッドブルのファクトリー、そしてエンジニアたちの力ですので、すごいと思います。もちろん、ホンダのパワーユニット(PU/エンジン)の面でも何かがあったのかもしれませんし、もしかしたら若干、前回以上にリスクを伴ったことをしているのかもしれません。


 ホンダはシーズン2基目のパワーユニットをこのレースから投入しましたが、その効果は何とも言えないところです。大きなアップデートはないと言いつつもタイヤに優しいドライバビリティになっていたり、最大馬力の部分だけではなくいろいろな効果が考えられます。そういったホンダの2基目のパワーユニットが今回の優勝の助けになっているのかもしれませんね。


 前回のこのコラムでお伝えしましたが、タイヤに優しいドライビングというのが今回、フェルスタッペンのパッケージにすごくはまっていたような気がします。一方のメルセデス勢はタイヤのブリスター(タイヤの温度が上がりすぎて内部のゴムが沸騰して表面に気泡が出てしまう状態)に悩ませられましたが、メルセデス勢に関してはちょっとびっくりでした。


 メルセデスのマシンは結果的にタイヤに対してブリスターが出やすい攻撃性があるセットアップだったということですよね。当然、他車よりも速いペースで走行しているので、タイヤに対する攻撃性や負荷は大きく掛かるわけで、タイヤに対する負担も大きくなります。


 ですので、他チームのマシンでは出ていないブリスターが、メルセデス勢だけに出てしまっても不思議ではないですよね。ブリスターというものは、アンダーステア、オーバーステアなどで出るものではなくて、違った理由でも出てしまいます。


 その部分でメルセデスが持っていたこれまでのアドバンテージが、軟らかいタイヤコンパウンド、そして夏の暑い時期の状況下だとディスアドバンテージになってしまいました。今回に限っては、何か悪い部分がちょうどリンクしてしまったんでしょうね。メルセデスはサスペンションジオメトリーからのタイヤへの負荷のかけ方やパワーユニットのパワーの出し方など、苦手な部分がポイントにはまってしまった可能性があります。


 ドライバーはタイヤにブリスターが出たとき、極端にフィーリングが変わる場合と意外に変わらない場合の両方のパターンがあります。ブリスターが出た場所であったり、ブリスターの大きさによってフィーリングは変わります。ブリスターが出たことによってクルマのバランスが違ってきたなと感じるときと、意外に変わらないなと感じるときもあります。


 僕も全日本F3000をを乗っているときに、まさに同じようなブリスターがよく起きました。ドライバーとしては怖いですよね。フォーミュラカーだと見た目でもタイヤの表面が分かるので、『うわ〜〜』という風に不安になるんですけれど、意外と走れてしまう場合があります(笑)。


 ただ、普通に走れてしまうこともありましたが、その状況で長くは走れません。僕の記憶ではブリスターが出ていきなりグリップダウンしてペースが落ちるというのとは、少し違ったメージでしたね。


 ブリスターとは違って、グレイニング(タイヤが温まる前に表面を激しく使用した場合などに発生するタイヤ表面のささくれ摩耗)が出るとわかりやすくて、タイヤの表面のコンパウンドが消しゴムのように削れてくる状況になると、一気にグリップがなくなってペースが落ちてしまいます。ブリスターとグレイニングは少し違ったイメージですね。


 ドライバー側としてはフォーミュラカーの場合、リヤタイヤの状況もミラーで見ればわかりますが、体でも感じながら判断します。グレイニングよりは、ブリスターの方が感覚的には分かりにくいです。見た目的にはブリスターのほうが分かりやすいんですけれどね。


 ただ、ブリスターはできた場所や大きさ、種類にもよりますが、ひどくなってくるとクルマにバイブレーションが起きたりします。でも、ブリスターはタイヤの温度が上がって起きる現象なので、温度を下げる走り方をすると意外に走れたりもします。


 今回のメルセデスの場合も滑っているからというわけではなくて、単純に路面温度が高く、タイヤへの攻撃性がすごく高くて、タイヤの限界値をそもそも超えてしまって、温度が上がりすぎてブリスターが発生していると考えられますね。


 レースに話を戻しますと、決勝のファーストスティントでフェルスタッペンがハードタイヤで周回を長く走ることができたのが、勝因のひつですね。その後、1回目のピットインでミディアムタイヤに交換して、2回目のタイヤ交換に関してはルイス・ハミルトン(メルセデス)に合わせたという感じですね。ガチの勝負に持ち込むようにという形にしたんだと思います。1回目のハミルトンのピットイン後、ハミルトンのタイヤを変えたときのペースをみて『勝機がある』ということ確信したのでしょうね。



■F1にF2、そしてスーパーGTと週末で3勝を挙げた『真夏のホンダ祭り』。レッドブルの躍進はスペインGPでも続くのか?



2020年F1第5戦70周年記念GP マックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)


 1回目のピットイン後のタイムで、レッドブル陣営としては『勝てる』という雰囲気になったと思います。そういった計算は、あのチームはものすごく早いですからね。それでフェルスタッペンは1回目のピットイン後は引っ張るだけ引っ張って、僕はこのままフィニッシュまで行くのかなと思いました。


 結構早い段階で、僕は1ストップで行くのかなと思っていました。そしてメルセデスの2台があまりにもタイヤがダメになってしまって、もう一度ピットに入るのがもう分かっていましたので、だったらフェルスタッペンはもう一度ピットに入っても、ガチで勝負できるという計算があって、リスクを犯さずに2回目のピットに入ったわけですよね。


 ですので、メルセデス勢がもし2ピット作戦だったら、自分たちは1ストップで行ってしまおう、という賭けに出たかもしれないです。リスクを負うか負わないかということですが、決勝レースでのメルセデスのペースを見て、リスクを負う必要はないということで2回目にピットインをした印象です。あのまま1ストップでも走り切れたかもしれないですけどね。メルセデスのレースペースも途中で速くなったりしていたので、そういったタイム差を見て戦略を考えられたという意味ではいろいろと見ごたえのあるレースでしたよね。


 今回のレッドブル・ホンダの勝ち方を見て、今後のレースでもメルセデスと勝負ができるかは正直わからないですけれど、むしろ第4戦を見る前は、僕は今回第5戦のような展開を予想していたんです(苦笑)。シルバーストンはエアロを結構使用して走るサーキットなので、レッドブルに合っていて、1戦目、2戦目のオーストリアよりもメルセデスとの差は縮まるだろうと思っていました。


 ですので、僕としてはシルバーストンではメルセデスとレッドブルが良い戦いをするぞ、と予想した矢先の第4戦での1秒差のあの感じだったので、『しまった! 外した』と思っていました(苦笑)。


 でもシルバーストンの2戦目となる第5戦では、僕が初めに予想していたとおりの展開になりました。昨年から見てきたとおりのレッドブルのイメージですが、今となっては『どっとが本当のレッドブル・ホンダのパフォーマンスなの?』といった感じです。日本から見ている側としては、レッドブル・ホンダが勝つのはすごく嬉しいことなんですけれど、ただ客観的には『あれっ!?』という感じで、今後の展開が余計にわからなくなりましたね。


 今回はフェルスタッペンとレッドブル・ホンダの印象が強烈でしたが、チームメイトのアレクサンダー・アルボンの追い上げを見ていてもクルマが良いということが見て取れました。アルボンは冷静に走っていれば、それなりに速く走れるドライバーだと思います。第4戦のフリー走行でクラッシュしてしまってから精神的に動揺があったのか、ミスも多かったですが、冷静に戦えばあれくらい(予選9番手から5位入賞)の走りはできると思います。


 でも、アルボンも「こんなにクルマが速いなんて驚いた」と言っていましたよね。それも正直なところだと思います。『何が起こったんだ?』というくらい先週とはマシンが違うフィーリングなのでしょうし、見ている側もそう感じました。この第5戦での急激な復調をレッドブルの力、ホンダの力と言ってしまえばそうかもしれませんが、アルボンにはこのままいい流れに乗ってほしいと思いますね。


 レッドブルとメルセデス以外で今回の第5戦で気になった部分としては、(ニコ)ヒュルケンベルグ(レーシング・ポイント)の予選3番手という結果が流石だと思いました。前戦の予選ではあたふたしていた部分が見えましたけど、今回はしっかりと落ち着いて予選をこなしていましたね。決勝に関しては最後のレースから間が空いているので、作戦も含めてうまく転がせていなかったなあという印象でした。でも実力のあるドライバーだということは見せてくれました。


 ただ、レースでレーシング・ポイントがあまり強くなかったというのも、やっぱりメルセデスと同じような問題を抱えていた可能性はありますよね。クルマの特性なのか、路面温度に対しての幅が狭いのか。メルセデス、そしてレーシング・ポイントは今シーズンのこれまでのレースを見ていると、どの路面・温度でも速いマシンという印象だったので、決勝では両チームともペースが上がらなかったのが意外でしたね。


 次戦の第6戦スペインGPはコースの特性がまた変わりますが、シルバーストンで速いマシンはバルセロナでも速いと思います。メルセデスもそうだし、レッドブル・ホンダもそうだとは思いますが、やはりストレートが長いですし、メルセデスが優勢でしょうね。


 次のスペインでは、今回のシルバーストン2連戦での『あれっ!?』という部分の答え合わせをするイメージですね。コース的にも低速から高速コーナーまでありますし、シルバーストンと比べると平均速度は少し下がりますが、若干シルバーストンと似たような速度域のコーナーもあります。そういった意味では、第3戦の低中速のハンガリーと比べると、メルセデスに近づけるのかなとは思います。


 スペインでも今回のレース同様にレッドブル・ホンダの速さが出せれば、今後のシーズンは面白いものになります。フェルスタッペンとメルセデスのチャンピオン争いも結構、面白い展開になってきますよね。


 あと、前回の週末はF1でレッドブル、そしてスーパーGTでも17号車KEIHIN NSX-GTでホンダが勝って、FIA-F2でも角田裕毅が勝って、国内外でホンダがいい結果を出すことができました。もちろん、本当はスーパーGTでは僕たちRed Bull MOTUL MUGEN NSX-GTが勝ちたかったんですけれどね(結果は10位)。でも、国内だけでなく世界で戦うホンダが、僕たちに良いニュースを届けてくれるというのは嬉しいことですし、やっぱり日本人としても気持ちが上がります。


 ホンダが、というよりも日本のメーカーがこうして世界のトップで活躍してくれるということが、我々日本人にポジティブな力をもらえると思います。そういった意味で、レッドブル・ホンダのこの1勝はすごく意味のある、大きな1勝だったと思います。そして日本人の角田がF2で勝って、スーパーGTでも17号車が勝ってくれたので、僕としてはこの良い流れにあやかりたいという想いもあります(笑)。


 角田は前の2台が接触するというレース展開でしたが、冷静に見ていたと思います。あの位置いたことと、ずっとプッシュしていたことが大事ですね。角田は途中、敢えてペースを落として乱気流を避けました。そこでタイヤを整えて終盤に備えていたので、あれは本当に良くやったなと思いました。


 対するミック・シューマッハー(プレマ・レーシング)は、チームメイトの(ロバート)シュワルツマンを追いかけるために結構タイヤを使っていたので、角田に抜かれた後も追いきれなかった。頭脳戦で勝ちましたよね。シュワルツマンとシューマッハーがバトルしているときも、角田は間隔を若干開けて、後ろで見ていた感もありました。本当に冷静に戦っているなと思いました。


 今後、ああいうレース展開だとまたチャンスが来ます。いっぱいいっぱいで勝ちにいくということではなくて、冷静に周りを見れるのはなかなかだと思います。今年はF2を戦うドライバーは優秀な人が多いです。シュワルツマンにクリスチャン・ルンガー(ARTグランプリ)もすごく良いドライバーだと思います。今年のF2は粒ぞろいで、また楽しみなことがどんどんと出てきて僕も嬉しいです。


<<プロフィール>>
中野信治(なかの しんじ)

1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長にスーパーGT、スーパーフォーミュラで無限チームの監督、そしてF1インターネット中継DAZNの解説を務める。
公式HP https://www.c-shinji.com/
SNS https://twitter.com/shinjinakano24

Red Bull MOTUL MUGEN NSX-GTの中野信治監督


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