「監督はペテン師でないと。俺なんか五重人格」と小出義雄氏

8月13日(土)16時0分 NEWSポストセブン

「駆けっこを取られたら死んだほうがいいと思ってやってきた」

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 日本中が歓喜に沸いた1日があった。今から16年前、シドニー五輪でQちゃんこと高橋尚子(当時28歳)が見せた軽やかな走りとゴール後の笑顔は、今でも日本人の記憶に刻まれている。その高橋を育てた小出義雄監督(77、佐倉アスリート倶楽部)に会ってきた。リオ五輪直前とあってスポーツ熱が高まるなか、名伯楽の口から漏れ出るのは、日本陸上界への悲観と叱咤と、自らの大いなる夢だった。


 * * *

 小出の練習メニューは量が破格だ。追い込んで追い込んで、疲労がピークに達したとき、さらに追い込む。走らせる基本は褒めることだ。


「僕は怒ったことはないよ。何やってんだ、根性ねえなと言ったら、選手はやりません。言葉は凄く大事。Qちゃんが苦しい時こそ、『いい走りになったなぁ、いい顔してんねぇ』って。そうすると嬉しいから、もっと飛ばすんですよ。練習に出て来たときの顔を見て疲れてるなと思っても、やれ! とは言わない。『もし、この練習をやったら五輪で勝てるかも知れないよ』と言うとやるんです。監督はね、ペテン師じゃなきゃダメ。俺なんか、二重人格どころじゃない。五重人格だよ(笑)」


 選手を褒めて乗せる好々爺──。だが、それだけでは小出という指導者を見誤ってしまう。高橋から聞いたこんな興味深い話がある。


「監督は本当に褒めてくれます。でも、『いいよ』と言っていてもメモ帳には『今日の高橋は最悪だ』と書いていたり、他の人に話していることもある。それに耐えられなくてやめていく選手もいた。監督が本当はどう思っているかを考えて、自分でやらないといけないから精神的にも厳しい。豪快さを装っていますけど、凄く緻密な人です」


 笑いながら選手を断崖絶壁に追い込む人──それが実像である。褒める裏には徹底した厳しさがあるのだ。


「選手には日の丸つけて走るんだぞと言っても、他の連中にはアレは素質ないなと言うこともある。そんなのは平気だよ。そこに反発して強くなる子もいるの。要はね、どんな手を使ってでも走らせりゃあいいんだ。全ては結果の勝負だから。プロだもん。情で走ってるわけじゃないんですよ」


 静かに話す表情は気迫に満ちていて、背筋が寒くなるような凄みがあった。


「僕が一生懸命勝たせようと思ってやってることを、Qちゃんは全て受け入れてくれたの。命がけでね」


 ところが、高橋が独立した後のこの10年余りは、全てを受け入れてくれる選手とは出会えなくなっていった。


「本当にやりにくくなったよね。人種が変わったようだよ。昔は弱い子でも五輪に行きたいと言ったもんだけど、今は給料貰えて適当にやれればいいという子が増えた。いくら引っ張っていこうとしても、私はやりません、と。そういう時代だよ。会社も監督の言うことを聞くように仕向けてくれればいいけど、選手の言うことを聞いちゃう。お恥ずかしい話、俺も少し優しくなって周囲のご機嫌とるようになったら、いい選手が出なくなっちゃった」


──もうやめよう、と思ったことは?


「いや、俺はしつこいから。じーと待ってた。本当に俺は陸上が好きなんだよ! 駆けっこを取られたら死んだほうがいいと思ってやってきたから」(文中敬称略)


【PROFILE】こいでよしお/1939年、千葉県生まれ。順天堂大学体育学部卒業。卒業後は23年間、市立船橋高などで教鞭をとり、全国高校駅伝にチームを導く。1988年より実業団で指導。有森裕子、高橋尚子などメダリストを輩出した。2002年に佐倉アスリート倶楽部設立。


●聞き手/高川武将(ルポライター ) 撮影/横田紋子


※SAPIO2016年9月号

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