「牛鬼打線」宇和島東の復活へ。名将の教えを継ぐ新監督が再出発を誓う

8月13日(火)18時3分 Sportiva

 かつて強力打線を擁し、その破壊力から”牛鬼(うしおに)打線”と恐れられた宇和島東(愛媛)。名将の上甲正典(じょうこう・まさのり)監督に率いられ、1988年の春には日本一にもなった強豪が9年ぶりに甲子園に戻ってきた。


4月から、母校・宇和島東で指揮を執る長滝剛監督(写真中央)

 2年生ながら宇和島東の五番を担った赤松拓海は、自分のお腹をさすりながら言う。

「甲子園に来てから、4キロも太っちゃったんですよ。毎日、ご飯がおいしくて」

 赤松は思い切りのいいスイングが持ち味。8月12日に行なわれた宇部鴻城(山口)との2回戦では、4回裏にライト前のタイムリーヒット、3打席目、4打席目に強烈な当たりのレフト前ヒットを放った。身長174cmで、体重は90kg。明るさと豪快さを兼ね備えた宇和島東らしい選手のひとりだ。

 愛媛大会決勝で、春夏連続出場を目指した松山聖陵を下した宇和島東は、ノーシードから勝ち上がった粘りが身上。だが、追いかける展開になった宇部鴻城との試合は、13安打を放ちながら3−7で敗れ、初戦で涙を飲んだ。

 そもそも、今年の愛媛大会に臨む前の宇和島東に対する期待は大きくなかった。ここ数年、「今年こそ!」と言われながら苦杯を嘗めることが多かったからだ。愛媛では私立高校の台頭が目覚ましく、県立高校の宇和島東は戦力の面でも後れを取っていると見られていた。実際に、今回の甲子園メンバーには、愛媛の南予地区という限られた地域の選手しかいない。

 高校時代、宇和島東で1997年に春夏の甲子園に出場し、今年4月に母校に赴任した長滝剛監督は、当時と今のチームの違いを次のように語る。

「(赴任時のチームは)昔の宇和島東と同じところを探すのが難しいほど、違っていました。選手個々の能力はいいんですが、『野球をやっとらんな』と思いました。自分のことだけ考えて打って、守備でミスしても謝りもしない。選手同士の声の掛け合いも少なかった」

 選手の能力頼みで勝てるほど、今の高校野球は甘くない。長滝監督が選手に説いたのは、あいさつと全力疾走の徹底と、整理整頓だった。野球の技術向上と、あいさつや整理整頓が直結するとは考えにくい。だが、しつこく諭すことで選手たちに変化があった。

「小言のように言い続けました。『ベンチの中がこんなにごちゃごちゃなチームが甲子園に行けると思うか』と。そのうち、少しずつきれいに揃えられるようになっていきました。僕からすれば、まだまだですけどね」

 また、宇部鴻城との対戦前の囲み取材では、長滝監督に対して恩師である上甲元監督の質問が飛んだ。

 名将が率いた宇和島東は、1987年に夏の甲子園に初めて出場し、1988年春のセンバツで全国優勝。その2回を含む春夏通算11回の甲子園出場を果たした。1997年に選手として甲子園に出場した長滝監督も、上甲元監督の指導を受けている。

「上甲さんに言われて覚えていることですか? 『学校のグラウンドに甲子園への切符が落ちとる。それをみんなで探そう』という言葉ですね。『上甲野球とは何か?』と聞かれても、教えてもらったことが多すぎて、ひと言では言い表せません。

 今、指導をしている際にも『上甲さんにこう言われたな』『上甲さんならこうするかも』と考えることがあります。具体的な練習でいうと、鉄のバットを振らせてみたり、細いバットでバントさせてみたり。要所要所で思い出して自分なりに言い方を変えて、選手たちに話をしています」

 そうして臨んだ甲子園の初戦。相手の宇部鴻城の先発投手は、背番号8の岡田佑斗。テンポよくストライクを投げる岡田に宇和島東の打者はタイミングが合わず、初回は三者連続三振。2回表に宇和島東の先発・2年生の舩田(ふなだ)清志がつかまり、3安打で2失点。追いかける展開になると、4回表には一番の投手・岡田にホームランを打たれ、0−5と引き離された。

 宇和島東は4回裏、赤松のタイムリーヒットで1点を返すと、5回には七番の兵頭仁がレフトスタンドに本塁打を放ち、点差は3点。ところが、愛媛大会で見せた粘りを発揮するはずの終盤で、宇和島東にミスが続出した。

 6回表にエース・舩田のワイルドピッチで追加点を許し、7回裏の攻撃ではノーアウト一、二塁のチャンスを作りながら牽制死で得点機を逃してしまった。結果、宇和島東は一度もリードを奪えぬまま、ゲームセットの瞬間を迎えた。

 試合後の会見に臨んだ長滝監督はこう振り返った。

「悔しいという気持ちはあるんですが、自分が思っていた以上に、選手たちがのびのびと戦う姿を見て楽しい時間を過ごせました。ヒットを13本も打ちながら3点しか取れなかったのは、ここぞというときに集中打が出なかったから。相手投手のコントロールとテンポがよくて、三番、四番打者が仕事をさせてもらえなかった。終始、押されていましたね。

 6回表のワイルドピッチでの失点、7回裏のチャンスでの牽制アウトなど、集中力が足りない部分がありました。今後は、そのあたりをしっかり鍛えないと甲子園では勝てないと痛感しました」

 長滝監督は「楽しそうにプレーしていた」と選手たちを評価したが、のびのびとさせた分、大事な場面でミスが出たとも言えるかもしれない。宇和島東が再び甲子園に戻ってくるために必要なものは何なのか。長滝監督が続ける。

「宇部鴻城の岡田投手は、どんどんストライクを取ってバッターを追い込んでいきました。うちの舩田にしてほしかったピッチングをやられてしまいましたね。まだ”牛鬼打線”と呼ぶには力不足ですし、ピッチャーに際どいところを攻められると打てない。そういう部分も鍛えて、甲子園に戻ってきたいです」

 その課題は、重要なポジションを担う2年生に託された。

「新チームには甲子園で投げたふたりの2年生と、ブルペンでピッチング練習をしたもうひとりを加えた3人のピッチャーがいます。これまでは”仲良しこよし”だったんですが、今後は切磋琢磨して競い合ってほしい。甲子園での経験が、これからの練習の取り組みにいい影響を与えてくれると思います。

 オンとオフの切り替えも大切です。盛り上がる場面では盛り上がり、緊迫した場面ではしっかり集中する。大事な場面でのミスが勝敗を左右することになりますから。そのあたりを今後の練習で取り入れていきたいですね」

 新チームで主軸を打つことになる赤松はこう言う。

「YouTubeでよく、昔の宇和島東の動画を見ます。打線に切れ目がなくて、力強い。でも、自分たちのほうが笑顔は多くて、楽しんで野球をやれていると思います。昔ほどは打てなかったですけど、これまでやってきたことを甲子園でも出せたのでよかった」

 監督就任から4カ月の長滝監督は、取材をこう締めた。

「以前の宇和島東は、練習のときから全国での戦いを意識していました。今回の甲子園が復活への第一歩。打線のほうもまだ”子牛鬼打線”です。これまでは『甲子園に行くため』の練習をしてきましたが、これからは『甲子園で勝つためには』という意識づけをしていこうと思います」

 この日、確実にひとつ階段を上がった。彼らが再び甲子園に戻ってきたとき、どんなチームに変わっているだろうか。

Sportiva

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