【アジア大会展望】五輪代表の土台構築へ、森保Jに求められるもの。選手個々の能力アップを重視せよ

8月14日(火)10時0分 フットボールチャンネル

甘くはないベスト4入り

 日本時間14日、U-21日本代表はインドネシアで開催されるアジア大会の初戦でネパール代表と対戦する。五輪代表への土台となる同大会で、飛躍を果たす選手は現れるのか。そして、森保Jに求められるものとは。(文:元川悦子)

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 森保一監督が東京五輪を目指すU−21日本代表と2022年カタールワールドカップを目指すA代表の両指揮官を兼務するようになってから約3週間。最初の大仕事となる2018年アジア大会(インドネシア)がいよいよ開幕する。「ベスト4」を目標に掲げるU−21日本代表は14日のネパール戦を皮切りに、16日のパキスタン戦、19日のベトナムという1次リーグ3試合を消化。グループ2位以内に入ればラウンド16に進出することになる(3位でも他グループの結果によって通過)。

 しかしながら、1位になっても北朝鮮・サウジアラビア・イランのいずれかと当たる可能性が高く、2位通過の場合はいきなり韓国との激突が有力視される。日本はU−21のみの構成になっているが、他国はU−23が基本。オーバーエージ枠を使ってくる国も少なくない。実際、韓国は昨季イングランド・プレミアリーグで12ゴールを挙げているエースFWソン・フンミンの招集に踏み切ったほど。兵役免除を手にするために彼らは本気でタイトルを取りに来る。そんなライバル国もいるだけに、目標の4強入りは非常に高いハードルと考えていいだろう。

 アジア大会が五輪代表強化の一環と位置づけられるようになったのは98年バンコク大会以降。そこから過去5回の戦績を見ても、優勝したのは2010年広州大会、準優勝も2002年釜山大会のそれぞれ1回だけだ。98年と2006年カタール大会は2次リーグ敗退で、前回の2014年仁川大会も8強止まりに終わっている。各大会ともに五輪代表チームを立ち上げて最初の国際舞台という位置づけで、メンバーも固まっておらず、完成度が低かったのは確か。ただ、アジア大会でどこまで土台を構築できるかが本大会の成否を大きく左右するのは間違いない。

五輪代表への土台となるアジア大会

 まず98年バンコク大会から改めて振り返ってみると、同大会はこの2カ月前にA代表と五輪代表を兼務し始めたフィリップ・トルシエ監督にとっての初の国際舞台だった。軸を担ったのは宮本恒靖、明神智和、稲本潤一中村俊輔らシドニー五輪8強の原動力となる面々。4強以上という目標には到達しなかったが、「フラット3」など指揮官の基本戦術を叩き込む絶好のチャンスとなった。

 翌99年4月のワールドユース(ナイジェリア)準優勝で若い世代を中心とした強固なベースができあがり、2002年日韓ワールドカップへとつながっていったのはご存じの通り。森保ジャパンにも同じ軌跡を描いてほしいという期待は大きい。

 続く2002年釜山大会は、トルシエの下で長くコーチを務めた山本昌邦監督体制発足後、初の大舞台だった。2004年アテネ五輪の主力となる茂庭照幸、那須大亮、阿部勇樹、松井大輔、大久保嘉人らで挑んだが、彼らは大会直前に当時最強軍団と言われたジュビロ磐田との練習試合を0−7で大敗。下馬評の低い中、釜山に向かった。

 だが、試合をこなすごとにチームに一体感が生まれ、選手個々も成長。「浪速のゴン」の異名を取った中山悟志らのブレイクもあって決勝まで勝ち上がった。ファイナルでは当時アジア最強の呼び声も高かったイランに敗れ、頂点こそ逃したが、この時のメンバーが軸になって五輪、A代表へと飛躍していったのは確かだ。

香川、吉田らは“珍しい”世代

 次の2006年カタール大会は反町康治監督が指揮を執り、Jリーグで売り出し中だった西川周作、細貝萌、本田圭佑、平山相太らが柱としたチームで戦った。が、この大会で思った以上に成果が出なかったこともあり、指揮官は五輪予選突入後、メンバーを大胆に入れ替えていく手法に切り替えた。

 その過程で発掘された象徴的存在が長友佑都。北京本大会メンバーには五輪予選を戦っていない森重真人や香川真司、吉田麻也らが抜擢されており、アジア大会が五輪代表の土台作りにそれほどつながらなかった珍しい世代と言える。

 反町ジャパンと対照的に、アジア大会の重要性が高かったのが、2010年広州大会で優勝した関塚隆監督が率いたチーム。この時はJリーグの試合に出ているU−21世代の選手招集に難色を示したJクラブが過去にないほど多く、ベストからかけ離れた陣容で初の国際舞台に挑まざるを得なかった。

 Jリーグ組は山口蛍や東慶悟らクラブで出番に恵まれていなかったメンバーが大半を占め、苦肉の策として山村和也や永井謙佑ら大学生7人を抜擢した。「この陣容では厳しい」と悲観的な見方も根強かったが、フタを開けてみると彼らはまばゆいばかりの輝きを放つ。チームはトントン拍子に勝ち上がり、最終的にはイランやUAEという強豪も撃破。

 優勝という予期せぬ結果を手にすることができた。同大会までボランチでプレーした経験がほとんどなかった山口が「セキさんに出会って人生が変わった」と言うように、隠れた原石が何人か発掘されるという副産物もあった。

 結局、関塚ジャパンはここで成功を収めた山口、鈴木大輔、東、永井がロンドン五輪代表を軸に、清武弘嗣や扇原貴宏らが加わる形でチーム強化が進められ、本大会4位という好成績を収めた。アジア大会の成功体験がその後に大きく影響したのは事実だろう。

求められるのは結果より内容

 直近の2014年仁川大会は手倉森誠監督率いるU−21日本代表の初期段階のトーナメントだった。彼らは同年1月のAFC・U−22選手権(オマーン)には参戦していたものの、リオデジャネイロ世代の国内組のベストに近い陣容を集められたのはこの時が初めて。

 2018年ロシアワールドカップの代表に食い込んだ遠藤航、植田直通、大島僚太らも含まれていた。が、準々決勝で今回同様に兵役免除を狙いに来ていた地元・韓国とぶつかってしまい、残り2分というところでPKを献上。チャン・ヒョンスにゴールを決められ、0−1で苦杯を喫した。ただ、この世代はアジア大会が土台作りに生かされたのは事実で、2016年1月のAFC・U−23選手権(カタール)制覇へとつながっていった。

 こうした過去5大会から言えるのは、いかにしてアジア大会を有効活用していくかという点だ。ベスト4以上という結果が出なかったとしてもチーム戦術を選手に植え付け、選手個々の底上げを図れれば、その後につながっていく。今回のように大学生5人を招集しなければならなかった厳しい陣容であればあるほど、結果より内容が問われてくる。

 森保監督のやりたいサッカーを選手たちがどれだけ理解し、アジアの難しい大会で実践できるのか。その中で頭角を現す選手がいるのか。そこにフォーカスすることが重要だ。果たしてこの中から何人が2020年東京五輪、22年カタールワールドカップに生き残るのか。希望の星と言われる板倉滉や杉岡大暉、三好康児らのブレイクに期待しつつ、まずは1次リーグの戦いぶりを見ていきたい。

(文:元川悦子)

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