アジア大会で再起図るパキスタン代表。監督は日本でも指導、失った3年間を取り戻すために

8月18日(土)13時26分 フットボールチャンネル

パキスタン、実は3年ぶりの国際試合

  アジア競技大会のグループリーグ第2戦で、U-21日本代表に0-4で敗れたU-23パキスタン代表。実は今大会は彼らにとって3年ぶりの国際試合だった。失った時間を取り戻し、パキスタンフットボール界を発展させるために立ち上がったのは、日本でも指導経験があるブラジル人監督だった。(取材・文:舩木渉【インドネシア】)

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 インドネシアで開催されているアジア競技大会に、並々ならぬ覚悟で臨んでいるチームがいくつか存在する。例えば韓国はその1つ。彼らは金メダルを獲得すれば兵役の免除を受けることができ、その後の選手キャリアも大きく開けてくる。A代表のエースであるソン・フンミンが参戦しているのも、兵役免除を勝ち取るためだ。

 別の意味で、国のフットボールの将来をかけてアジア大会に挑んでいるチームもある。それはパキスタンだ。最新のFIFAランキングでは201位。モンゴルやグアム、ブルネイ、スリランカを下回る、アジア最下位のチームである。

 ただ、それには理由がある。パキスタンサッカー連盟(PFF)は、汚職が原因で2017年10月から2018年3月まで国際サッカー連盟(FIFA)に資格停止処分を科されており、あらゆる代表チームやクラブが国際大会に参加できなかった。

 原因はPFFの銀行口座とオフィスが第三者によって管理されており、「各連盟は独立した権限の下で運営されなければならない」というFIFAの規約に違反していたためとされている。パキスタン政府によるPFFへの干渉は2015年頃から問題視されており、ファイサル・サラー・ハヤート会長と敵対する派閥との間での内部抗争も続いていた。

 パキスタン代表にとって最後の公式戦は2015年3月に行われたロシアワールドカップアジア1次予選のイエメン戦。その後、2015年9月の南アジアサッカー選手権(SAFFスズキカップ)は出場そのものを辞退していた。

暗い影を落とした連盟の汚職と資格停止

 それからの約3年間、代表監督が不在なら、代表チームの活動もなく、パキスタンは長きにわたって国際サッカーの舞台から消えてしまっていた。今回のアジア大会が彼らにとって約3年半ぶりの国際大会なのである。

 FIFAからの資格停止処分解除にともない、PFFはブラジル人のホセ・アントニオ・ノゲイラ監督を招へいした。サウジアラビアの名門アル・アハリや、シエラレオネ代表、セントクリストファーネビス代表などを率いた経験を持つ52歳は、今年4月末にパキスタン代表監督に任命され、U-23代表チームも合わせて3年契約を締結した。資格停止期間中に国際大会から遠ざかり、PFFは財政面にも多大な影響を受けたため、新指揮官の給与はバーレーンサッカー連盟が負担しているという。

 そんなノゲイラ監督にとって、初陣がアジア大会。グループリーグ初戦からいきなりベトナムと対戦して0-3、さらに第2戦で日本に0-4で敗れた。日本戦後の記者会見で「我々は新しいチームで、2000年代生まれの選手が3人いる。非常に、非常に若いチームだ」と語ったブラジル人指揮官は、次のように敗因を振り返った。

「残念ながら最初の20分で多くのミスを犯してしまった。日本の1本の良いロングボールによって、開始2分に失点してしまった。そのあとも2つのミスを犯し、10分までに3つのゴールを許した。その後は流れを止めて、本当に少しずつ試合を始めることができたが、4ゴールを奪われた。後半は我々がゲームをコントロールし、日本よりも多くのチャンスを作ることができたと思う。日本の技術や戦術を止めることができた。だが、それも後半だけだった」

監督はJリーグ黎明期を知るブラジル人

 試合前から日本が圧倒的な優位と予想されていたが、パキスタンの「若いチーム」にとっては非常に重要な経験になったに違いない。キルギスタンや北キプロスと国外でのプレー経験を持ち、オーバーエイジ枠でアジア大会に参加している主将のサッダーム・フセインは、日本との戦いを終えて力の差を実感しているようだった。

「日本は本当に強かった。僕たちは日本からたくさんのことを学んだ。モダンフットボールという感じだった。本当に速く、俊敏で、哲学があり、タッチも細かく、パキスタンとは全く違うスタイルのサッカー。日本はアジアでも特別なスタイルを持ったチームだと思う。僕にとっても日本と対戦するのは初めてで、力を発揮する最大のチャンス、人生最高の経験だった。

日本のフットボールは素早く、技術があり、ボールを持っていても、持っていなくても動きはアイディアに溢れていた。僕たちは今日の日本の試合から学んでいる。もっと成長して、日本のようなチームに追いつけるよう頑張っていきたい。将来的に、日本からもっと学べることはあると思う」

 3年という空白期間を経て、再び歩み出したパキスタンサッカーが発展していくにあたって、「日本」というのは意外にも重要なキーワードになるかもしれない。実はノゲイラ監督、1994年から1996年に日本での指導経験を持っている。

「私は名古屋の近く、瀬戸市に3年間住んでいた。日本のフットボールはプロフェッショナルになったばかりだった。1994年から1996年にかけてのことだ。私は名古屋学院大学を率いて東海リーグや愛知県でチャンピオンになった。名古屋の若いチームで良い仕事をしたと思う」

 記者会見で楽しそうに当時の思い出話を語るノゲイラ監督の口からは、「読売ヴェルディ」「日本でとても有名なバプティスタ監督(ネルシーニョ監督のこと)」といった言葉も出てきた。指導者として駆け出しだった頃に過ごした日本で目の当たりにした、「フットボールがプロフェッショナルになる」過程は、パキスタンサッカーの今後に活かされていくのかもしれない。

「今の日本は当時よりももっと強くなった。U-19、U-20、U-21とベースができている。日本のフットボールはプロフェッショナルだ。私は自信を持って、日本がアジアだけでなく世界でもトップ20に入るチームだということができる。その過程の一部に関われたことを本当に幸せに思っている。私にとっても素晴らしい経験だった」

パキスタンフットボール発展のために

 ノゲイラ監督はパキスタン代表監督就任に寄せて、PFFの公式インスタグラムからビデオでメッセージを発信した。その中で「パキスタンをアジアでも強豪チームにしたい」という目標を掲げた。ブラジルからやってきた新たな指揮官の意気込みに、選手たちも間違いなく影響を受けている。

 アジア大会でキャプテンマークを巻く25歳のフセインは「僕らは本当に若いチームだ。日本のフットボールのレベルは非常に高い。一方でパキスタンのフットボールは3年間止まってしまっていた。代表チームが再開してから2試合目の公式戦だった。最初の試合がベトナム戦、次が日本戦だったんだよ。監督やテクニカルスタッフが日本戦に向けて多くのことを教えてくれた。ノゲイラ監督は本当にたくさんの仕事をしてくれて、素晴らしい指導者だと思う」と語る。

 パキスタンにおいて最も人気があるスポーツはクリケットで、サッカーは決してメジャーとは言えない。今月17日には、クリケットの元スター選手であるイムラン・カーン氏がパキスタンの新首相に就任する見込み、というニュースも流れた。

 ノゲイラ監督は「私がパキスタンに到着した時、代表チームがなかった」と嘆くほどの不毛の土地で、おそらく指導者キャリアで最も困難な挑戦になるだろう。それでも3年という長期契約からも分かる通り、長期的な視点に立ってフットボール界の発展に身を捧げていくつもりだ。

「パキスタンにとって現状の最も大きな目標は、A代表が出場する来月のSAFFスズキカップになる。もし順調にいけば、3〜4年後にはアジアカップに出られるレベルになる可能性もあると思っている。まずは一歩一歩進んでいかなければならない。アジア大会のチームには2000年代生まれの、17歳や18歳の選手が3人いて、まだ非常に若い。彼らにとって必要なのは、第一に日々の経験だ。毎日のトレーニングが重要で、強いクラブや、レベルの高い大会に挑戦することも必要になってくる」

 パキスタンフットボール界のために。ノゲイラ監督は、限られた機会を最大限に生かすためにプランを練っている。それは約25年前の、日本での経験も生かされるかもしれない。再起をかけたパキスタン代表の挑戦は始まったばかりだ。

(取材・文:舩木渉【インドネシア】)

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