俺たちフロンターレ育ち。三好康児と板倉滉、武者修業で掴んだ自信と共鳴する日本代表への思い

8月23日(木)12時47分 フットボールチャンネル

もしレンタルに出なかったら…

 U-21日本代表には、川崎フロンターレから期限付き移籍に出た今季、大きく飛躍を遂げた2人がいる。三好康児と板倉滉。小学5年生の頃から同じチームで育ち、同じタイミングでプロになり、ずっと一緒に育ってきた。彼らは今、将来に向けて何を思うのか。(取材・文:舩木渉【インドネシア】)

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 インドネシアで開催されているアジア競技大会の男子サッカーには、U-21日本代表が参戦している。2年後の東京五輪を見据えたチーム作りの最中ではあるが、今大会はFIFAの公式戦カレンダーに含まれていないため、代表に選手を拘束する権利がない。

 Jリーグも後半戦に入って各クラブが気の抜けない戦いを続けており、他にも幾つかの理由から選手の招集に多くの制約があった。例えば原則として1クラブから各1人ずつしか選考できず、欧州でプレーする選手はシーズン開幕の時期と重なるため招集は困難。さらに10月にAFC U-19選手権(来年のU-20ワールドカップ予選を兼ねる)を控えるU-19代表世代も招集できなかった。

 そんな中でU-21日本代表の中核を担うのは、1997年生まれの選手たち。特に早生まれのメンバーが、リーダーシップをとってアジアの頂点を目指して戦っている。今大会で言えばGK小島亨介、DF板倉滉、MF三好康児の3人が最高学年ということになる。

 チームキャプテンを任されたのは三好だった。10番を背負う小柄なアタッカーは腕章を巻いて出場したグループリーグ初戦のネパール戦後に「(キャプテンは)なかなかやることはなかったですけど、こういう立場でやらせてもらえるのは自分にとってすごくいい経験になるので、声を出すのはもちろんですけど、プレーでも示していきたい」と決意を語っていた。

 そして板倉も、三好がスタメンから外れたグループリーグ第2戦のパキスタン戦でキャプテンマークを巻いた。2人はともに川崎フロンターレの下部組織出身で、小学5年生の頃から一緒のチームで育ってきた。だが、もし今季もフロンターレに残っていたらアジア大会で共に戦えていなかった可能性が高い。

 昨季のJ1を制し、各ポジションに充実の戦力を揃えていたフロンターレで出場機会に恵まれなかった三好と板倉は、それぞれ今季から期限付き移籍での武者修行を決断した。三好は北海道コンサドーレ札幌へ、板倉はベガルタ仙台へ、東京五輪出場に向けてより多くの出番を得られる環境を求めて旅立った。

板倉滉が仙台で手にした自信

 すると昨季とは状況が一変する。2人とも北の新天地ですぐに定位置を掴み、それぞれのクラブでチームの勝利に欠かせないピースとなっていく。三好はミハイロ・ペトロヴィッチ監督が就任した札幌で2シャドーの一角に入りアジア大会直前まででリーグ戦17試合に出場。板倉は仙台の3バックの左ストッパーに定着し、負傷離脱した期間を除いてリーグ戦15試合に出場していた。

 板倉に関して言えば、プロ入りから昨季までの3年間でJ1リーグ戦の出場はわずかに7試合しかなかった。その急激な成長ぶりは誰の目にも明らかで、本人も「とにかくああやって試合に出してもらっているので、毎試合毎試合自分のできることが増えていくし、自信にもなるし、その自信から試合中に余裕もできてきている。試合に出続けることの大切さをすごく感じています」と自らの成長を実感している。

 昨季まではセントラルMFでの起用も多く、板倉はよく「チームでも結構ボランチをやっていることが多いので、そこで勝負したい気持ちがある」と言っていた。だが、当時のフロンターレの中盤には大島僚太やエドゥアルド・ネットと不動の2人が君臨し、時に中村憲剛や森谷賢太郎が起用されるなど、厚い壁が立ちはだかっていた。

 仙台に移籍した今季、渡邉晋監督から任されたのは3バックの左ストッパーだった。そこでは持ち前の対人の強さだけでなく、ビルドアップにおける高い能力も存分に活かされた。攻撃の起点として常に視野を広く確保し、次の一手につなげるパスを供給していく。試合を重ねるごとに自信を深めていく。

 さらに森保監督も、アジア大会のU-21日本代表で板倉を3バックの左ストッパーに据えた。初戦のネパール戦、途中出場でピッチに送り出された背番号4は、巧みにボールを引き出しては確実に捌き、停滞しがちだったパスワークのテンポを変えていった。

「仙台ではいまずっと3バックの左をやっているので、やりやすさはすごくありますね。そこに自分が入ったとしたら、相手の動き、全体を見ながらどういう流れで進んでいるのか、相手の動きを見ながらやれればいいかなと思っています」

 第2戦のパキスタン戦はキャプテンマークを巻いて3バックの中央に入った。4バックでも3バックでも、そしてボランチでも対応できる。仙台でコンスタントに出番を得るようになって深まった自信を、しっかりとピッチ上に還元できるようになってきている。

「どこに入っても常に判断早く、頭のスピードを早くしてやらないといけないと考えています。(最終ラインの)左に入っても、真ん中に入っても、(中盤で)ボランチに入っても、自分の役割はまずそこで潰しにかかるというところは常に求められると思うし、ビルドアップのところももちろん出していきたい」

三好康児が札幌で密かに重ねた努力

 時を同じくして武者修行に出た三好も、札幌で攻撃の中核を担うようになって、意識が変わってきたという。「やっぱり試合に出続けるにあたって、コンディション面だったり、考えなければいけないところがすごく増えたので、よりしっかりとサッカーと向き合い、パフォーマンスを維持していくためにどうしていけばいいか、すごく考えるようになりました。そこで課題もすごく出てきているので、試合をこれだけ連戦を続けていく経験ができなければ感じられなかったところかなと思います」と期限付き移籍の成果を口にする。

 三好はJリーグの連戦が続く中でも、夏場の暑さやアジア大会に向けて個人トレーニングを積んできたという。特に札幌は関東や関西と気温が大きく違うため、夏により厳しい環境で試合をしなければいけないアウェイゲームとのギャップをなくすため、日々のトレーニングから暑さ対策を実践してきた。

 その1つが涼しい札幌での練習でも暑さを再現するため、あえて長袖シャツを複数枚着るというもの。そして、もう1つはサウナに通うことだ。週に2、3回、試合日程との兼ね合いも考えつつ、クラブハウス内やスーパー銭湯のサウナに入ってコンディションを調整していると明かした。

「やっぱり札幌は気温が違いすぎて、十数度違う時もありますし、そこはJリーグもそうですけど、アジア大会でも個人的に合わせていかないとコンディションも合わないと思ったので」

 三好の努力はピッチ上の結果にもあらわれてきている。ゴールこそないが、リーグ戦ではすでに5アシスト。ストライカーの周囲を動き回る2シャドーの一角で申し分ない働きを披露している。ただ、U-21代表とクラブでは同じポジションでも役割が違う。それでも「逆にそれが自分としてはどちらもすごく還元できるというか、札幌でも代表でも還元できる。そこはすごくやりがいがあって、自分の成長にもつながっている」と、それぞれで得たものをクロスオーバーさせながらモチベーションを高く保ち続けている。

シンクロする2人の日本代表への思い

 ともにフロンターレ育ちの同期で、同じタイミングで武者修行の道を選び、遠く離れてもシンクロするように成長を加速させている。「今年はここまでしっかりと結果にこだわってやってきている。それは代表でもしっかりと出したい。アピールがなければ残っていけない世界だと思っているので、そこはすごく自分にとってもシビアになった」と三好は言うが、板倉も同様の感覚を持っているはずだ。

 お互いを高め合いながら成長してきた2人。森保監督がU-21代表とA代表の兼任になったことで、より大きく開けた「日本代表」への道も、同じように歩んでいくのだろうか。

「(日本代表は)以前からずっと目指してきたところですし、気持ちとしては変わらないですけど、やっぱり現実的になったというか。(森保さんは)U-21代表監督でもあるので、逆にここでしっかりとアピールできれば、その先も見えてくるなというところもある。A代表がすごく近くなった部分はあるのかなと思います」

 そう三好が話せば、板倉も「日本代表」への思いを隠さない。

「絶対にチャンスだと思っています。ただやっぱりこの年代でしっかり目立っていかないと、A代表は絶対に入れない場所だと思っているので、まずはしっかりここで結果を出すことだけを考えて。結果を出し続けることで、その先につながっていくと思っているので、そこはどんどんアピールしていきたいと思います」

 フロンターレで育ち、一度フロンターレを離れ、来年以降またフロンターレを象徴する存在になるかもしれない三好と板倉。シンクロする2人の才能は、東京五輪世代の先頭に立って、世界への階段を一歩ずつのぼっていく。

(取材・文:舩木渉【インドネシア】)

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