トーレス現役最後の日々。ゆっくりコーヒーが飲めるのを楽しんでいた

8月26日(月)16時37分 Sportiva

 8月23日のヴィッセル神戸戦で引退したフェルナンド・トーレスとは、何者だったのだろうか。

 アトレティコ・マドリード、リバプール、チェルシー、ミランなど名だたるビッグクラブに所属。リバプール時代には、クリスティアーノ・ロナウド(当時マンチェスター・ユナイテッド)と得点王やバロンドールを争った。スペイン代表としても、ユーロ2008、2012で欧州を連覇し、2010年南アフリカワールドカップでは世界王者に輝いた。

 2018年7月、トーレスはJ1サガン鳥栖に鳴り物入りで入団している。

 約1年プレーし、35試合出場、5得点だった。選手の評価材料は数字だけではないが、ストライカーはゴールが問われる。リバプール時代に世界を席巻したトーレスは、4シーズンで80得点以上を叩き出していた。

 鳥栖・トーレスを振り返る。


引退セレモニーで家族とともに写真撮影に応じるフェルナンド・トーレス

「決勝点を決めるまでのシュートは”当たって”いなかった。その苛立ちで看板にボールを蹴りつけていた。あなたのような選手でも重圧を感じるものなのか?」

 2018年シーズン、第33節の横浜F・マリノス戦後、筆者はトーレスにそう投げかけている。トーレスはこの試合で決勝点を決めていた。それだけに、最初は不機嫌そうな顔になったが、いくつか質問をぶつけるうちに胸襟を開いた。

「(1部)残留争いは、自分にとって人生で初めての経験だから。このプレッシャーは新しいものだよ。降格をしないように戦う、というのはね」

 トーレスは新しい環境に適応する苦しさを吐露した。

 新しいリーグのリズムは、それまでと大きく違った。生活習慣や道徳観念など、細かな差はストレスを生む。FWはパスの受け手として周りと合わせる必要があるが、語学を含めた意思疎通のずれを合わせるのは簡単ではない。膝も以前のように動かなかった。あげくの果てに、残留争いを戦うチーム状況も未体験。優勝を争って繰り広げる戦いとは、異なる種類のストレスがあった。

 皮肉にも、トーレスが一番の衝撃を与えたのは、感覚だけでプレーしていた入団から1カ月の間だった。ハイライトは2018年8月のガンバ大阪戦で、1ゴール2アシスト。人の群れにドラキュラが舞い降りたかのようだった。ボールを呼び込み、収め、前に踏み出す。その迫力は世界標準のスケールを感じさせた。

「ヘディングとかは、練習から誰も勝てない。少しずれたな、と思っても首が強いから当てて飛ばしちゃう」

 鳥栖のディフェンダー、小林祐三はそう説明していた。

「受け方もうまい。アングルをつけるのは、ふつうパサーの役目ですが、トーレスは横にずれて、オフサイドを回避し、アングルを作って、ディフェンスの矢印を変えられる。だから、不思議とパスが通る。一発でマークを外せるのは、見たことがないです」

 ただ、その魔力は次第に薄れていった。

 2年目のトーレスは、実力全開が期待されるも、ゴールは生まれず、チームは再び残留争いを演じている。クラブはアトレティコ時代にトーレスのチームメイトだったルイス・カレーラスを監督に招聘。「前線の選手は守備をしなくていい」という”トーレス・シフト”で臨んだにもかかわらず、10節まで8試合に出場(6試合に先発)し、無得点だった。

 結局、チーム平均の20倍の年俸を手にしていたストライカーとして、満足できる成績は残していない。かつてはトップスピードのまま、強い下半身で足を振り抜き、ゴールを叩き込んだが、全盛期のプレーにはほど遠かった。シーズン途中での契約解除も、プロの世界では異例だ。

 一方で、格の違いを見せつけることもあった。前線で浮いたボールを胸トラップする、そのダイナミックさだけでどよめきが出た。その点では、彼はひとつの成功を収めたと言える。

 鳥栖の選手たちは、何よりトーレスの人間性に瞠目した。

「聖人君子」と洩らす選手がいるほど、真面目に練習に励む。トレーニング後、ジムで体を鍛える時間は誰よりも長く、その成果として「バキバキの上半身」を誇った。体のケアにもこだわり、リハビリメニューも自ら学んで実践。真摯で、謙虚だった。

「トーレスが来た時、『何かサポートできることがあったら言ってね』と声をかけたんです。でも、『そんなの必要ないよ。ゲームのサポートだけで十分』って。いつも謙虚でした」

 鳥栖のエースとしてプレーしてきた豊田陽平は回顧している。

「日本での生活は楽しんでいたみたいです。『コーヒーを飲みに出かけられるのがうれしい』と言っていました。海外ではすぐに人が集まり、サインや写真を求められ、コーヒーも飲んでられないそうです。日本人はトーレスとわかっていても、プライバシーを尊重して近寄らない。それに感謝していました。『コーヒーをゆっくり飲めるのは幸せ』って。世界のスーパースターは大変だなって思いました」

 トーレスは現役最後の場所で幸せを感じていた。

 引退セレモニーが終わって、祝祭にはしゃいでいたトーレスの息子は泣きじゃくっていたという。偉大なストライカーの終幕。それを、見送る人々の熱気によって、肌で感じたのだろう。

 これからも、栄光に彩られたプレーは多くの人々に惜しまれるだろう。引退会見で話し続けるトーレスは落ち着き払い、戦い終えた男の顔だった。




Sportiva

「コーヒー」をもっと詳しく

「コーヒー」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ