悪役になった大阪桐蔭 3年間追い続けて見えた本当の姿

8月28日(火)11時0分 NEWSポストセブン

挫折から変わった”人間くさい”チームだった(撮影/藤岡雅樹)

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 全国からエリートを集めた強豪私学と、秋田県内出身選手だけで戦った県立農業校。その好対照ゆえ、優勝した大阪桐蔭が“ヒール役”となってしまった感は否めないが、それは「規格外の強さ」の裏返しでもある。ノンフィクションライターの柳川悠二氏が、エリート集団の本当の姿をレポートする。


 * * *

 金足農業との決勝において、大阪桐蔭は既に疲労困憊の相手エース・吉田輝星を初回から攻略し、5回までに12点をあげ、終わってみれば13対2と圧勝した。


 田舎の公立校を相手に、一切の隙を見せない“忖度なき戦いぶり”が、決勝後、勝者よりも敗者にスポットが当たった理由だろう。


「大阪桐蔭は、全国から選手を集めているから」


 ファンのみならず、名門と呼ばれる学校の名将ですら、こんな言葉で大阪桐蔭の強さを表す。もちろん、同校は全国の非凡な才能に早くから目を付け、熱心な勧誘で入学に導いてきた。


 しかし、才能だけで勝てるほど、甲子園は甘くないだろう。“最強世代”を入学前から追ってきた筆者としては、彼らとて泥と汗にまみれた日々を送ってきたことは伝えたい。



 ちょうど1年前の8月20日。大阪桐蔭の新チームは始動した。前日の甲子園3回戦で、9回裏2死まで仙台育英(宮城)を追い詰めながら、一塁の中川卓也(当時2年生)がベースを踏み損ね、それが呼び水となってサヨナラ負けを喫した。


 同級生の満場一致で主将に任命された中川は、「100%の確認」をテーマに掲げ、時に厳しく仲間を叱責してきた。西谷浩一監督も「違う言い方があるのでは」と窘(たしな)めたこともある。


「ミスして落ち込んだり、やる気をなくした選手には、『外に出ろ!』と練習から外しました。嫌われ役に徹することが、主将力につながると思っていました」


◆「このチームは一度死んだ」


 中学から世代を代表する選手だったドラフト上位候補、遊撃手兼投手の根尾昂と外野手・藤原恭大もチームを牽引。昨秋の神宮大会で創成館(長崎)に敗れて以来、無敗街道を歩んできた。西谷監督は言う。


「根尾は時間を見つけては練習していますし、ストレッチにも長い時間をかける。授業中も寝ているという話を他の先生から聞いたことがない。藤原はよく寝ているようですが(笑)。根尾と接しているとどちらが大人なのか分からなくなる」


 そしてこの夏、北大阪大会の準決勝で、宿敵・履正社と対戦。先発した根尾が後半に追いつかれ、逆転を許してしまう。



 9回表。二死ランナーなし。ここから宮崎仁斗、中川、藤原、根尾が四球を選んで同点に追いつき、逆転打へとつなげた。後のない状況で冷静に四球を選んだ4選手はいずれも前チームから経験を積んできた選手たち。根尾は言った。


「僕らにはどこにも負けない経験がある。それが最後の場面に生きた」


 彼らは一球、ワンプレーの恐ろしさを肌で知っている。だからこそ、根尾が昨夏の甲子園を振り返り、「一度死んだ」と語った状況から生還することを可能にした。大差がついた試合でも、27個目のアウトを奪うまで微塵も隙を見せず、徹頭徹尾、相手を叩いてきた。


 こうした桐蔭野球の結晶が、金足農業との決勝だった。西谷監督はこれまで、“最強世代”と呼ばれることを忌避してきたが、監督個人として最多記録となる春夏7度目の日本一を手にした今は違う。


「昨年の選抜を含め、彼らは3度、日本一となった。こんなチームは他にないわけですから……」


 やはり100回記念大会の頂点に立つべきチームだった。そのあまりの強さが顰蹙を買ったとしても、だ。


※週刊ポスト2018年9月7日号

NEWSポストセブン

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