岡崎慎司が明かすW杯最終予選、劇的ゴールの後日談。「勘違いして天狗になることはなかった」

9月21日(火)10時45分 Sportiva

W杯最終予選で日本を救った一撃
日本1−0ウズベキスタン(2009年6月6日)
岡崎慎司(後編)

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 2009年6月6日、日本が4大会連続のワールドカップ出場を決めたウズベキスタン戦後、岡崎慎司はチームメイトからかけられる言葉に、少々戸惑いを覚えていたという。

「その時、みんなに『CMも来るやん』みたいな感じで、よくいじられていましたね(笑)。その前の大黒(将志)さんには、すごいCM(の出演依頼)が来たって聞きました」

 さかのぼること4年、ワールドカップドイツ大会の最終予選では、大黒将志が初戦の北朝鮮戦で終了間際に起死回生の決勝ゴールを決め、〈神様、仏様、大黒様〉のフレーズとともに一躍国民的ヒーローとなっていた。

 ウズベキスタンを1−0で下すと同時に、日本の2010年ワールドカップ南アフリカ大会出場を決めるゴールを決めたにもかかわらず、ことの重大さに気がついていなかった岡崎は、大黒の"逸話"を聞き、「そんなスゴいことなんやって思っていました」。


W杯出場が決まるアウェーのウズベキスタン戦で先制ゴールを決め、チームメイトから祝福を受ける岡崎慎司
 日本に帰ったら、ひょっとして世界が変わっているかもしれない——。そんな気持ちもなかったわけではないが、実際には「そんな、変わってなかったです(笑)」。

「自分で言うのもなんですけど、あの時、僕の写真がサッカー専門誌の表紙になって、それがすごいブサイクだったんですよ(苦笑)。『なんか絵にならないな』って自分でも思ったし、『こんなんでCM来るわけないやん』と思いましたね」

 結果は本人の見立てどおり。日本代表をワールドカップ出場に導く大仕事も、CM出演につながることはなかった。

「なんやって感じだったんですけど(苦笑)、でも、だから僕も勘違いして天狗になることはなかったし、それもある意味、自分らしいというか。あの(ダイビングヘッドでのゴールの)決め方も含めて、自分らしさが詰まっていたゴールだと思います」

 2009年当時の日本代表を振り返ると、岡崎がまだ実績に乏しい若手だったのと同様、本田圭佑もベンチに座ることが多く、その後日本代表の顔とも言うべき存在になる長谷部誠も、すでに主力のひとりではあったが、その左腕にまだキャプテンマークは巻かれていない。

「僕の中では、あの試合にハセさんがいた記憶もないくらいです(笑)。やっぱり、当時の日本代表の中盤は、俊さん(中村俊輔)のイメージが強いですね。後ろは(中澤)佑二さんと(田中マルクス)闘莉王さんがセンターバックにいて、GKには楢崎(正剛)さんがいてくれて。前だったら(大久保)嘉人さんとか、そういうイメージです」

 岡崎をはじめ、本田、長友佑都、内田篤人ら、いわゆる"北京世代"は、のちに日本代表の中核を成すことになるのだが、当時はまだ"夜明け前"。ようやく萌芽が見え始めた頃だった。

「その(北京世代の)なかで言ったら、A代表に入るのは、実は僕が一番遅かったんですよ。みんな、もう(2008年の)北京五輪の前に入って何回か招集されていましたから。圭佑とも今では考えられないくらい一緒にコンビニへ行ったり、ゲームショップへ行ったりしてたんで、懐かしいですね(笑)。そういう同級生の存在がありがたくて、それは今も変わらないですけど、当時はアイツらがいたから、(代表でも)ふだんからひとりになることもなく、いられたっていうのはありますね」

 とはいえ、当然、同世代ゆえの「ライバルっていう意識はありました」。岡崎は懐かしそうに述懐する。

「佑都やウッチー(内田)は、もうかなり(先発で試合に)出ていたのに、僕はレギュラーをとりきれていなかったので、佑都とかが試合に出ている時は、うれしい反面、やっぱり悔しかった。だから、もう必死でしたよね。もっと点をとりたい、ポジションをつかみたいって」

 岡崎の目に映る本田もまた、必死だった。

「当時は、圭佑もそうだったと思いますよ。(キリンカップの)チリ戦も、ベルギー戦も、圭佑は結構アピールしようとしていましたから。チリ戦の僕のゴールは、圭佑がシュートを打ったこぼれ球を決めているし、ベルギー戦でダイビングヘッドのゴールを決めた時も、よく見ると、ファーサイドに圭佑が走り込んでるんですよ。だから、ホント、ふたりで(競って)とり合っていたと思います。

 最終的に(2010年の)ワールドカップでは立場が逆転したり、その後は僕が右にいて、圭佑が真ん中にいて、という関係になったりしましたけど、当時からライバル視というか、お互い刺激にはなっていました。圭佑も僕のことを、『コイツ、また点とったな』って思ってたみたいですから(笑)」

 これまで3度のワールドカップ出場ばかりでなく、ヨーロッパ主要3カ国のリーグでプレーし、イングランド・プレミアリーグでは優勝の経験も持つ岡崎にとって、ワールドカップとは、そして最終予選とは、どんな舞台なのだろうか。

「間違いなく言えるのは、二次予選までとは別物だということ。ふだんの試合とは全然違う。それはたぶん、みんなもわかっていると思います」

 今年35歳になった熟練FWは、そう切り出して熱っぽく語った。

「同じグループに、アジアのなかでも強いチームが結構いますからね。どの国もワールドカップへ行きたいと思っていると思うし、その気持ちはどんどん強くなっていると思います。

 だから、相手が必死で向かってくるのに対し、それをかわして、という考えではなく、気持ち的な部分でどれだけ堂々とサッカーができるか。もう相手をぶっ潰すくらいの気持ちがないと飲まれてしまう。特にアウェーでは、やっぱり精神的な戦いになると思います。

 だからこそ、どれだけ戦えるか、が重要になる。決めるところでしっかり決める。守るところでしっかり守る。そういうサッカーの本質の部分が試合を分けると思います。最終予選は簡単にはいかないっていうことだけは、覚悟しておいたほうがいい」

 ただし、今も現役を続ける岡崎にとって、ワールドカップ最終予選は客観的に外から眺める試合ではない。

「大前提として、もちろん、僕もこのワールドカップの最終予選に入りたいっていうのがあります」

 そう語る岡崎は、「日本に苦戦してもらえたほうが、僕としてはチャンスなんですけどね(苦笑)」と言い、日本代表への強い意欲をうかがわせる。

「もちろん、いつも戦う気持ちでいます。最終予選の組み合わせが決まった時も、やっぱりまだ、『ここはやりづらいだろうなぁ』とかっていう見方をしているんでね。ということは、チャンスを待っているんだと思います。その(当事者としての)見方がなくなったら、日本代表は諦めますけど。

 やっぱり選手である以上、こういう時に自分が必要になるだろうなとか、重要な試合で自分が前線に入ったら何ができるかなとか、そういうことはいつも考えています」

 新たなシーズンが幕を開けてもなお、なかなか決まらなかった今季の所属クラブも、8月に入り、スペイン2部のカルタヘナに決定。日本代表復帰へ向け、岡崎は動き出している。

「ワールドカップで結果を出せば、すべてを変えられる。ワールドカップにはそれだけの魅力があります。3大会出ましたけど、悔しさも残っているし、まだまだ自分の中ではやらなきゃいけないことがある。今はそのためにがんばっています」

(おわり)

岡崎慎司(おかざき・しんじ)
1986年4月16日生まれ。兵庫県出身。スペイン2部リーグ、カルタヘナ所属。W杯出場3回(2010年南アフリカ大会、2014年ブラジル大会、2018年ロシア大会)。国際Aマッチ出場119試合。50得点。


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