中村憲剛「オレが持ったら?」岡崎慎司「裏っすよ!」。ふたりの約束が生んだW杯最終予選の劇的ゴール

9月21日(火)10時45分 Sportiva

W杯最終予選で日本を救った一撃
日本1−0ウズベキスタン(2009年6月6日)
岡崎慎司(前編)

W杯アジア最終予選において、ラクな試合などひとつもない。つまり、W杯出場切符を獲得することは、決して簡単なことではないのだ。ゆえに、現在6大会連続でW杯出場を決めている日本であっても、最終予選では何度となくピンチを迎えてきた。しかしそのつど、日本代表を救う劇的なゴールを決めてきた選手がいる。ここでは、そんな"大仕事"を果たした男たちにスポットを当てる——。

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 2009年6月6日、ウズベキスタン・タシケント。日本1−0ウズベキスタン。

 日本が2010年ワールドカップ南アフリカ大会への出場を決めた試合である。

 この重要な一戦で決勝ゴールを決めたのは、岡崎慎司。現在では、A代表通算119試合出場、通算50ゴールという輝かしい記録を持つ日本史上屈指の点取り屋も、当時は前年に北京五輪に出場し、A代表で出場機会をつかみ始めた23歳だった。


2010年南アフリカW杯最終予選のウズベキスタン戦で会心の一発を決めた岡崎慎司
 ようやく頭角を現してきたばかりの新鋭FWは、いかにして大仕事を成し遂げ、ニューヒーローとなったのか。

「僕のなかで、もちろん印象深いゴールではあるんですけど......」

 ためらいがちにそう語る岡崎が、大一番を振り返る。

        ◆        ◆        ◆

 まずは、この試合までの最終予選の流れを整理しておこう。

 オーストラリア、ウズベキスタン、カタール、バーレーンと同組だった日本は、この試合を前に5試合を終え、3勝2分けの勝ち点11でグループ首位に立っていた。

 日本はウズベキスタンとのアウェーゲームに勝てば、ワールドカップ出場が決まる。そんな状況にあった。

 その一方で、岡崎自身は4試合に途中出場しただけ。玉田圭司大久保嘉人、田中達也ら、先輩FWの壁は厚く、先発メンバーに名を連ねたことはなかった。

 ところが、岡崎はウズベキスタン戦直前に行なわれたキリンカップで、一躍先発候補に名乗り出ることになる。チリ、ベルギーを相手に2試合で3ゴールを叩き出したからだ。

「田中達也さんのケガで自分にチャンスが来たっていう形で、自分の実力だけではないっていうのは、もちろんわかっていました」

 そう振り返る岡崎だが、「最後のところで、パスが自分に集まってきているなっていうのは実感していた」と、そのチャンスをつかみかけている手応えもあったという。

「チリやベルギーから点をとれて、(巡ってきた)チャンスを生かせていたけど、結局、公式戦でとれなかったら意味がない。だから、このウズベキスタン戦にかけていました。自分の立ち位置としても、ここで(ポジションを)つかみたいなって」

 結果を出し続けることで、ようやく勝ちとった最終予選初先発の大チャンス。岡崎にしてみれば、自分のことで頭はいっぱいだった。

「もちろん、この最終予選を勝ち抜いてワールドカップへ行かなきゃいけないっていう気持ちはありましたけど、そこは頼りになる先輩方がいたんで(苦笑)。僕はどちらかというと、これでワールドカップ出場が決まるんだっていうような、日本代表を背負って戦う気持ちには程遠くて、自分のサッカー人生において、ここで結果を出すか、出さないかが、すごく重要な試合だっていうほうが大きかったですね」

 だからだろうか、自らが大仕事を成し遂げた試合にもかかわらず、岡崎は「とにかく必死だったので、(試合の詳細までは)あまり記憶に残っていない」。ただただ強烈な印象として残っているのは、「相手の圧がスゴかった」こと。岡崎の脳裏には、歓喜の一戦というよりも、「苦しかった試合」としてウズベキスタンの強さが焼きついている。

「前に大柄な選手がいて、フィジカルでゴリゴリ押されていたので、最後は相手のシュートがバーに当たったり、危ないシーンもありました。確かあの時、矢野貴章さんが(途中出場で)入ってきて、最後はふたりでロングボールをなんとか収めて、みたいな感じだったと思うんですけど、追加点を狙うよりはみんなで守備をして、っていう感じでした。最後はホント、1−0を守り切った感じでした」

 試合が行なわれたパフタコールスタジアムは、それほど大きな会場ではなかったが、大観衆が詰めかけ、ウズベキスタンが攻めるたびに大歓声で包まれた。

 そんな雰囲気にレフェリーも飲まれたのか、不可解なジャッジが続出。試合終盤には肩から相手にぶつかっただけの長谷部誠がレッドカードを受けて退場となり、さらには岡田武史監督も抗議を理由に退席処分となっている。

「それまでは、アジアのチーム相手なら1点とれば僕らがペースを握れると思っていたんですけど、あの試合は逆にプレッシャーが厳しくなった。芝生もボコボコして(パスをつなぐのが)難しく、何となく相手寄りのペースで試合が進んでいた印象は残っています。初めて先発で出て、しかもアウェーでの試合だったので、『これがワールドカップ予選なんや』って感じでした」

 それでも、自らのゴールについての記憶は鮮明だ。

 前半9分、カウンターから中村憲剛が仕掛けたドリブルはカットされるも、セカンドボールを拾った長谷部誠が前方の中村憲へパス。再びボールを受けた中村憲はすばやくターンすると、DFラインの背後へふわりと浮かした柔らかなラストパスを送った。

 そこへ絶妙なタイミングで走り込んでいたのは、岡崎である。

 ゴールへの執念をにじませた背番号9は、相手DFと競り合いながらトラップすると、体勢を崩しながらも左足シュート。これはGKにセーブされるが、跳ね返ってきたボールをダイビングヘッドで押し込んだ。

「あの時の感覚については、当時もよく聞かれたんですけど、ボールが跳ね返ってくる時に"止まって見えた"っていうのはありますね。GKの動きもゆっくりに見えたというか、一瞬のことでしたけど、僕の中ではそういう感じに見えていました」

 だが、冷静にGKを外して打ったダイビングヘッドもさることながら、それ以上に特筆すべきは動き出しの速さだった。

 当時の映像を見直してみると、長谷部が中村憲へパスを送った瞬間、すでに岡崎が走り出していることがはっきりとわかる。中村憲にボールが届くより前に、である。

「ハセさんが持った段階で、もう憲剛さんへ(ボールが)行くんじゃないかっていう予測はしていたと思います。だから、完全にイメージどおり。狙いどおりに憲剛さんからボールが来たっていう感じでした」

 そこには伏線もあった。

 中村憲「オレが持ったら?」

 岡崎「裏っすよ!」

 当時、仲がよかったふたりは顔を合わせるといつも、冗談交じりにこんな掛け合いをしていたという。

「この試合の直前も(選手入場を待つ)階段のところで、憲剛さんにいつものように振られて、『裏っすよね。お願いします!』みたいな感じで言っていたら、ホントに(パスが)来た(笑)。だから、あれは明確に意図したゴール。憲剛さんを信じて走っていたし、憲剛さんにも自分のダイアゴナルの動きを見てもらっていました」

 実は当時、中村憲もまた、岡崎と似た立場にいた。

 中村憲は、それまでの最終予選5試合で先発出場はなし。ベンチで試合終了の笛を聞くことも多く、途中出場が1試合あるだけだった。

 そんな28歳のプレーメイカーも、直前のキリンカップでゴールを決めるなどチャンスを生かし、大事な試合で先発メンバーの座を勝ち取っていた。

 ワールドカップ出場を決める値千金のゴールは、いわば"同志の共闘"が生んだゴールだった。

「今聞くと、そうかと思いますけど、僕、ホント自分のことしか考えていなかったんで、憲剛さんがそういう立場だったなんて思っていなかった。もう無我夢中で、そんなことまで考えられる選手ではなかったんで(苦笑)。

 でも、僕は『この人だったら出してくれる』と思って走っていましたし、利害が一致じゃないですけど、そういう意味では憲剛さんにしても、たぶん『いい犬、見つけたわ』って感じだったんじゃないですかね。『パス出すからとってこい!』みたいな(笑)。

 けど、サッカーってそういうものだと思います。自分にとって相性が合う合わないはあると思うし、僕にとって憲剛さんはなくてはならない存在だった。憲剛さんも当時そう感じてもらえていたなら、うれしいし。仲もよかったので、よく話をしていたし、僕に対するアシストも、たぶん憲剛さんが一番多かったんじゃないのかな」

 ワールドカップ出場が決まった瞬間は、「やっぱり、うれしかった」と岡崎。負けていても不思議はなかった苦しい試合で日本を救ったのは、間違いなく彼だった。だが、自身のゴールについては、「ワールドカップ出場を決めたゴールって、よく言ってもらえるんですけど、僕が決めたっていう気持ちはなかった」というのが、本音だ。

「そもそも前半9分(という早い時間)のゴールというのもあるし、僕が決めて勝ったというより、守り切った印象のほうが強い。終わったあとは、みんなでワールドカップへ行けてよかったって、ホッとした感じでした。だから、たまたまその時のゴールが自分だったっていうだけ。それは、そんなに重要なことではないと思っています」

 でも。岡崎が言葉をつなぐ。

「自分にとっては大きかった。チーム内でポジションを奪いとるためのゴールとして、自分にとっては大きいゴールでした」

 巡ってきたチャンスを見事に生かした岡崎は、その後も結果を出し続けることで、日本代表で生き残ってきた。たとえどんなに重要な存在と見なされるようになっても、自分は安泰などと考えたことはない。

「僕は守りに入って(今の立場を)キープするっていう気持ちがないから、そうなると結局、攻め続けなきゃいけない」

 そして、岡崎はこう続けた。

「それが、ずっと今も続いてるんですけどね」

(つづく)

岡崎慎司(おかざき・しんじ)
1986年4月16日生まれ。兵庫県出身。スペイン2部リーグ、カルタヘナ所属。W杯出場3回(2010年南アフリカ大会、2014年ブラジル大会、2018年ロシア大会)。国際Aマッチ出場119試合。50得点。


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