「我が道を行く」—広島菊池に単独インタビュー、名手が明かす“守備の流儀”

9月27日(木)9時6分 フルカウント

自由な発想で創造性あふれる守備を磨いた中京学院大時代

 セ・リーグで史上2球団目の3連覇を達成した広島カープには、世界に認められた日本最高の名手がいる。菊池涼介内野手は規格外の敏捷さと運動能力で、ヒット性の当たりをいとも簡単にアウトに変えてしまう。マツダスタジアムの一二塁間に、鉄壁の牙城とも呼ぶべき“菊池ゾーン”を築いている。

 昨年のワールドベースボールクラシック(WBC)でも、米メディアからは「忍者」と賞賛された超絶美技で対戦相手のメジャーリーガーから賛辞を集めた。魅せる守備と安定感を両立させた菊池はFull-Countの単独インタビューに応じ、最強ディフェンダーの流儀について語ってくれた。

 ボールはカラダの正面であえて捕球しない——。日本野球のセオリーとは無縁に見えるスーパープレーでスタンドを沸かせる菊池だが、「忍者守備」の原点はプロ入り前にあったという。

「大学の時点では本当に自由にやらせてもらっていた。サードから始まって、ショートになったけれど、“こうしなさい”と指導されたことはなかったですね。とにかく自分で考えました。二遊間のゲッツーの時とかも『こうする方が早いか』と考えながらグラブトスをやっていた。感覚的な部分は大学時代から持っていたものでもあります。遊びながらやっている感覚でしたね。自分でずっと考えながら、試行錯誤だった。そこで考える力、そういったアプローチがベストなのか、発想というか、そういう感覚は養えたんじゃないかなと思います。それは今につながっている、生きていると思います」

 菊池が遊撃手として大学ナンバーワンという評価を手にした中京学院大の野球部は、放任主義だったという。菊池にあれこれ指導する存在はいなかった。ノックを受ける回数も、高校時代から激減したという。

 その代わり、菊池は自分で理想の守備について考え抜いた。サードからショートにコンバートされる中、どうやって効率的にアウトを取るのかを突き詰めた。頭に浮かんだイメージを、守備動作に落とし込む。手本はないゆえに、カラフルな発想力が育まれた。グラブトスなど創造性溢れるプレーの下地は、この4年間で培われたのだ。

野村、石井…プロ入り後、名手に叩き込まれた守備の基本

 アストロズのホセ・アルトゥーべ、シアトル・マリナーズのロビンソン・カノらMLBの名二塁手に重なる菊池のトリッキーな動きだが、メジャーリーガーのグラブさばきを学生時代に研究したことはなかったという。

「YouTubeでメジャーの選手を研究? ないですないです、高校の頃は携帯禁止でしたし(笑)。大学行った時もそんなお金あるわけじゃないので、お金も使えない。今みたいにLINEもあるわけじゃないですし。映像を見る機会と言ったら、『珍プレー好プレー』ぐらいでしたね。自由にやらせてもらったっていうのが、僕の中でハマった。自由にやらせてもらえるまで時間はかかりましたけども、そこも信頼関係がなければ、やらせてもらえないと思いますし、うまく(関係を)築いたからだと思います」

 華麗な守備の手本はなかった。自ら磨き上げたスタイルが、偶然メジャー流に合致したということだ。

 2012年のプロ入り後には、ショートからセカンドにコンバートされた。そして、正面で打球を受けるという、守備の基本にもう一度立ち返ることになった。

「ルーキーの頃は、石井琢朗さんや野村謙二郎さんが基本練習を積んでくれました。基本ができていなければボールは捕れないということで、正面で捕ってステップして投げるという練習からスタートしました。正面のボールとか好きじゃなかったんですけどね(笑)。

 ずっと反復練習をしていましたが、転機は3年目辺りに訪れました。試合では『アウトになればいいんだ』っていう考え方になりました。でも、もっと遡ると、高校時代は横から投げちゃダメとか、絶対正面で取れという教えを受けていました。(基本と自由が)交互に来ているのかな、という感じはあります。

 でも結局、そういうプレーができるのは基本ができているから。捕る感覚だったりが養えないので、基本があっての今の僕なのかなと思い返しています」

 菊池はこう振り返った。中京学院大では遊撃手として活躍した。プロでは当時の野村監督や石井内野守備走塁コーチに、基本の重要さを叩き込まれた。それでも、自分の型を築いた遊撃手からの転身は簡単ではなかったという。

魅せようと思ってやっているプレーはひとつもない

「2年目の開幕スタメンの時は、空回り状態。セカンドということもあって、カバーリングとかわからないところもありました。ボールと衝突するというか……。ランナーが一塁にいたら、二塁で一個アウトを取らなきゃいけないという先入観があった。周囲からは『何で慌てているの?』と言われていました。

 そういう部分を積み重ねて、やっと3年目ぐらいに『もっと余裕を持ってやろう』と思えるようになりました。そこからは、周囲にあまり言われなくなりました。自由にいっていいよ、と。そういうスタイルを、琢朗さんとかコーチの人たちが許してくれました」

 2013年に開幕スタメンを果たすと、そのままレギュラーの座を確固たるものにした。NPBの二塁手史上最多の528捕殺という金字塔を打ち立て、3年目の14年は公式戦全144試合に出場を果たした。そして、このシーズンに、忍者守備と呼ばれる菊池の唯一無二のスタイルは確立したという。

「ファンの人がどう思っているかわからないですけども、僕のプレーで盛り上がってくれるんだったら、体が壊れるくらい最後までボールを追いたいという思いはあります。そういう意味で元気な時に駆け回りたいと、ずっと思ってやっています。楽しいんですよね。実際は、魅せようと思ってやっているプレーはひとつもない。我が道を行くと言うか。自分のベストのプレーはこうだと、瞬時に行動に移すタイプなので。

 僕は(石井)琢朗さんとかと仁志(敏久=元巨人、横浜)さんとか藤田(一也内野手=楽天)さんとか、そういう人たちとはちょっと違うのかもしれないですね。そういう言い方、そういう切り口でやっています」

 NPB最強の守備の名手と聞かれれば、多くの人間がその名を挙げる存在になった。オリジナルの誇りを胸に、菊池は白球を追い続けている。(Full-Count編集部)

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