佐々木朗希の163キロを捕った男の真実。指が裂けたのはフェイクニュース

9月30日(月)6時45分 Sportiva

 今夏の甲子園を見ていて、少し不思議に感じたシーンがあった。中京学院大中京(岐阜)の捕手・藤田健斗のキャッチングが見違えるように上達していたのだ。

 ミットが動かず、捕球点でピタッと止まる。ワンバウンドのボールも確実に前で止める。藤田はもともとスローイングのいい捕手として知られていたが、そこまでキャッチングがうまいイメージはなかった。高校野球に詳しい知人との間でも、「藤田のキャッチングがうまくなった」ということは話題になった。


攻守でチームを牽引し、夏の甲子園ベスト4に貢献した中京学院大中京の藤田健斗

 私の頭のなかである仮説が浮かんだ。もしかしたら、藤田は「163キロ体験」を経てキャッチングを磨いたのではないか……と。

 藤田の名前が一気に全国へと知れ渡ったのは、今春のことだった。枕詞は「163キロを捕った男」だ。

 4月6日、侍ジャパンU−18代表候補合宿での紅白戦。藤田は怪物・佐々木朗希(大船渡)とバッテリーを組んだ。その日、佐々木はバックネット裏のスカウトのスピードガンで自己最速の163キロを叩き出した。

 私も紅白戦を現地で見ていた。率直に感じたのは、「藤田が死んでしまうんじゃないか」という恐怖だった。

 佐々木は身長190センチ、体重89キロと大きく、小高いマウンドに立つとさらに巨大に見える。本塁までの18.44メートルが短く感じられ、投げつける球はとんでもなく速く、強い。まるで至近距離から鉄球を投げつけているようで、捕手にとっては拷問に近い剛球だった。

 そして藤田はストレート以上に変化球にてこずっていた。ストレートこそかろうじて捕球していたものの、スライダーやフォークはたどたどしくミットを動かし、ワンバウンドするボールはほとんど止められなかった。

 1イニング目は三者三振。2イニング目は無死一塁の状態でスタートする変則方式だったが、一塁走者の紅林弘太郎(駿河総合)は藤田が変化球を止められなかったため、労せず三塁まで進んだ。それでも、佐々木が三者三振に抑え失点はゼロ。「圧巻」としか言いようがない投球だった。

 当時を思えば、甲子園での藤田の落ち着いたキャッチングは別ものに見えた。上達したにしては、短期間すぎる。春から何があったのかを藤田本人に聞くために、岐阜県瑞浪(みずなみ)市にある中京学院大中京の硬式野球部グラウンドを訪れた。

「夏の大会の途中から、守備でゲームをつくっていく感覚をつかめたような気がします。それ以降、ピッチャーが誰であっても配球がポンポンはまっていきました」

 全国ベスト4と大躍進した夏の甲子園が終わって1カ月あまり。やや髪も伸び、大人びたムードになった藤田は快く取材に応じてくれた。

 春の体験を通して、キャッチングを磨いたのではないか——。その仮説をぶつけると、藤田の顔はパッと明るくなった。

「キャッチングはめちゃくちゃ練習したんです。今までやってきたことが、4月の合宿でまったく通用しなかった。このままじゃダメだと思って、捕球姿勢から全部やり直したんです」

 やはり、仮説は当たっていた。では、藤田はどのようにして捕球技術を磨いたのか。そのことを聞く前に、藤田自身が4月6日の佐々木のボールをどう感じていたのかを知る必要がある。時計の針を5カ月以上前に巻き戻してみよう。

 その日、紅白戦は午前中と午後の2試合が行なわれた。藤田は午後の先発投手である佐々木とバッテリーを組むことが言い渡されていた。

 当然、その時点で超高校級として有名だった佐々木のことは知っていた。それでも、球種や配球パターンまではわからない。藤田はメインで投げたい球種と決め球に使いたい球種を佐々木に尋ねた。佐々木は「真っすぐで押して、フォークで決めたい」と答えた。それは藤田の予想どおりの答えだった。

 初めて間近に見る佐々木という人間は、藤田の目には「不思議なオーラがある」と映った。自分を大きく見せようという雰囲気は微塵もないのに、大物感が底光りしているように感じた。

「だいたい高校生は『自分はすごいんだ』って大きく見せようとするじゃないですか。でも、佐々木にはそれがない。それなのに、ほかのヤツとは全然違うオーラがあるんです。不思議な感じでしたね」

 その後、藤田は佐々木の登板に向けた準備の短さに面食らった。ウォーミングアップはダッシュを3〜4本走るだけ。キャッチボールは遠投もせず、5分ほどで終わった。ブルペンでは軽めの腕の振りから12〜13球投げただけでいいという。

「まだ春先なのに大丈夫か? アップ不足やん」

 藤田は内心そう思っていたが、実戦のマウンドに立った佐々木はブルペンとは別人になっていた。

「身長が高いからメッチャ近くに感じるし、足を高く上げるダイナミックなフォームと、あの投げっぷりでさらに近く見えるんです。そのうえ、ボールはありえないくらい伸びてくる。今までキャッチャーをやっていて、ピッチャーのボールを怖いと思ったことは一度もなかったんです。でも、この時は初めて『怖い』と思いました」

 先頭打者の森敬斗(桐蔭学園)から三振を奪い、2番目の内海貴斗(横浜)を打席に迎えた3球目。外角低めに外れたストレートを藤田が捕球すると、バックネット裏がざわついた。この日、バックネット裏はスカウト陣が取り囲むようにして紅白戦を視察していた。藤田には、予感めいたものがあった。事実、そのボールが最速163キロを計測したのだ。

 しかし、藤田の体感では「あれよりもっと速いと感じる球もありました」と言う。とくに高めのゾーンは誰も打てなかった。

「あの高めは本当にすごかった。バッターが顔くらいの高さでもバットを振るんです。めちゃくちゃ伸びてくるのが捕っていてわかりました」

 そしてストレート以上に捕球が難しかったのは、やはり変化球だった。

「140キロを超える変化球なんて初めてで、体が全然ついていけませんでした。ワンバウンドを弾きまくって、止められなくて悔しかったです」

 その後、藤田は一躍「163キロを捕った男」と呼ばれるようになる。だが、ひとりの野球選手としては決して気分のいいものではなかった。

「はっきり言って自分のやったことではないし、ただ受けただけなので……。周りから『捕った子やね』と言われても、いい気はしなかったですね。だから自分が活躍して注目されたい、という思いが強くなりました」

 最大の課題はキャッチングだった。自主練習の時間の多くをキャッチングに割いた。社会人の強豪・NTT西日本で監督経験のある橋本哲也監督からアドバイスをもらうこともあったが、ほとんどが自己流である。現役部員の携帯電話の保持が禁止されているチームのため、キャッチング技術の情報を収集することもできなかった。

「とにかく数を受けるなかで、自分なりにコツを見つけました」

 大きな修正ポイントは2つ。まずは捕球姿勢の重心を以前よりも低くした。「下からボールを見る意識」を自分の体に植えつけた。

 もうひとつは「ミットを地面に置いておくイメージ」だ。あくまでイメージであり、実際にミットを地面に着けることはない。だが、それくらいの意識でいるとミットを「下から上へ」と使いやすくなる。

 この2点に共通しているのは、「ミットが下に落ちないための工夫」ということだ。藤田は言う。

「上に変化する変化球はないので、ミットが落ちないように『下から上へ』という意識で捕るようにしました。上から下へ捕りにいくと、ミットの網や先っぽに入って捕球点がブレてしまうことがわかったんです」

 ブロッキング(ワンバウンドを止める技術)も「止める瞬間に体の力を抜いて、ボールを吸収する」というコツを覚えて、格段に向上した。

 こうしてほぼ独学でキャッチング技術を身につけた藤田は、春にはなかった自信をまとい、夏を戦った。夏が終わる頃には「163キロを捕った男」ではなく、「主将として、正捕手として甲子園ベスト4に導いた男」になっていた。

「4月まで僕は甲子園に1回も行ったことがなくて、あの合宿で初めてトップレベルを体感できました。佐々木のボールを受けて、自分の力が通用しないとわかって、『やらないかん』と思わされました。あの合宿が意識を変えてくれるきっかけになりました」

 ちなみに、藤田を巡ってはこんな報道があった。佐々木のボールを受けたことで藤田の左手人差し指が裂傷を負ったという内容だった。佐々木の剛腕ぶりを物語るセンセーショナルなニュースは日本全国を広く駆け巡った。だが、藤田はこのニュースの意外な「真実」を明かした。

「あれは佐々木のボールで裂けたんじゃなくて、もともと裂けていたんです。冬場に乾燥してパックリとひび割れみたいになって、血が固まってかさぶたになっていたんです。そのかさぶたが紅白戦のあとに取れて、指を触っていたら記者の人が『指どうしたんですか?』と聞いてきまして。『ケガしました』と答えたら、『佐々木がキャッチャーの指を裂いた!』みたいな記事がニュースになって……」

 その後、藤田は人から「指は大丈夫?」と聞かれるたびに「佐々木のせいじゃない」と釈明するはめになった。「全治1カ月の裂傷」と報じたメディアもあったが、藤田は「いや、すぐに治りましたよ」と否定する。それもそうだろう。かさぶたが取れただけなのだから。それ以来、藤田は「発言には気をつけよう」と心に刻んでいるという。

 すでにプロ志望届を提出し、10月17日のドラフト会議を待つ身になった。藤田が目指す捕手像は「甲斐拓也さん(ソフトバンク)のような肩と、森友哉さん(西武)のようなバッティングの『打てる捕手』」という贅沢なものだ。身長173センチ、体重73キロと小柄な部類の藤田にとって、低身長ながら球界を代表する捕手になった2人は希望の光でもある。

 もう佐々木朗希のボールは怖くない。最後に藤田は冗談めかしてこう言った。

「どうせなら、次は対戦したいですね。狙うのはストレート。相手の自信のあるボールを打ちたいんです」

 いつか佐々木とグラウンドで再会する日を待ちわびながら、藤田は小さな大捕手への階段を一段ずつ上っていく。

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