6年ぶり復帰後、即日本記録更新。なぜ寺田明日香は驚速で進化した?

10月2日(水)6時30分 Sportiva

寺田明日香インタビュー 前編

 9月27日にドーハで世界陸上選手権が開幕した。100mハードルに出場する寺田明日香(パソナグループ)は、その舞台に10年ぶりに立つ。一時は陸上を離れていたが、今シーズン復帰を果たした寺田に、これまでの経緯とこれから先への思いを聞いた。


復帰後、大会に出るたびに記録を更新している寺田明日香

 陸上の日本選手権100mハードルで2008〜10年に3連覇を達成した寺田が、6シーズンぶりに競技復帰を果たした。

 寺田は23歳の時に一度陸上を離れ、結婚、出産を経て、その後、7人制ラグビーに挑戦していた時期もあったが、昨年12月に陸上の練習を再開して競技に復帰した。

 29歳になり、6年ぶりの出場となった今年6月の日本選手権の結果は、13秒16の3位。その後、7月24日の実業団・学生対抗で13秒07を出すと、8月17日のアスリート・ナイト・ゲーム福井では、日本記録に並ぶ13秒00をマークした。

 そして、9月1日の富士北麓ワールドトライアルでは、12秒97で日本記録を更新。9月末からの世界選手権参加標準記録12秒98を突破して、10年ぶりとなる世界選手権出場を決めた。

 寺田は「あっさりと日本記録を出してしまいました」と明るく笑う。これだけの短期間でタイムを更新していけたのは、日本選手権で学んだことがあったからだ。

「日本選手権の(自分の)走りを見て、完全にブレーキをかけて跳んでいるのに気がついたので、踏み切り位置を遠くしようとしました。それを1カ月後にある程度できて、(記録を)07まで持ってこられたのは大きかったです」

 ただ、自分の動きを意識しながらの走りで12秒97まで来たが、次の段階に進むには、踏切位置を意識せずにできるようにしたいと話す。

 練習を再開するにあたって目標にした記録は、東京五輪参加標準記録の12秒84。寺田は、自分では走りの感覚が以前よりよくなっていると思っていたが、客観的に見てもらうために、慶応大の高野大樹女子短距離コーチに指導を依頼した。そこでは、走力に重点を置き、あえてハードル練習を減らしたスタイルでやることを決めた。

 その成果は、復帰戦の山梨県記録会(4月13日)からいきなり表われた。

「陸上をやめた2013年は13秒81が最高で、日本選手権も13秒85の予選6位で落ちていた記憶が残っていて。でも、サーッと走ったら13秒43で日本選手権の参加標準を破れていました」

 00年に金沢イボンヌが出して以来、破られていなかった日本記録の13秒00。ただ、今年の世界選手権参加標準記録が12秒98となっていることもあり、寺田はそれが壁とは感じていなかった。8月に13秒00で走った時も、コーチとは「標準記録まであと数cmだ」と笑いながら話していたという。

「ずっと陸上を続けていたら0秒01の重みを感じていたかもしれないけど、復帰してからはその重みはまったく感じなかったです。考えることはラグビーの方がいっぱいあったから、その重みを感じなくなったのか、笑っていられた。それがよかったのかなと思いますね」

 今は順調に記録を更新している寺田だが、一度引退する以前は思いどおりにタイムを伸ばせずにいた。陸上を一時中断する前の自己ベストは、100mハードルで13秒05。100mは11秒71だった。だが11年以降、100mは走らず、ハードルも13秒52、13秒57がシーズンベストと不調に陥った。

 そのころをこう振り返る。

「高校時代は普通に生活していても太らなかったのが、20歳以降はケガもあったけど、空気を吸っても太る感じで摂食障害にもなって体重の変動が大きくなった」

 気持ち的にも不安定で、自分がいることでチームの空気が重くなると感じるようになり、チームメイトを避けるようになっていた。


10年前の2009年、初出場を果たした世界陸上

「高校を卒業して北海道ハイテクACに入った頃は、男子の仁井有介さんもいたし、女子も福島千里さんが速くなり始めた頃だったので、一緒に引っ張ってもらう練習もしていたんです。でも、だんだんとみんなが結果を出して、階段を上り始めると、それぞれにやりたい練習が出てきた時期でした。

 話し合って(一緒に練習が)できればよかったけど、私も成績を出せなくなっていたし一番年下だから、一緒に練習をして引っ張って欲しいとお願いできなくなっていました」

 それとともに、「自分はハードリングが下手だ」という気持ちが湧いてきた。「走るのが速くなっても、結局は足を引っ張るのはハードル」という思いが強くなった。

「ハードルを跳ぶ瞬間に止まっているような感覚が出てきて、それを何とかしなければこれ以上は伸びないと思うようになったんです。でも中村宏之先生は『速く走ってハードルがきたら越えろ』というタイプだったので、まずは走力。

 それで、中村先生との関係があまりうまくいかなくなった時に、いろんな先生から『ハードルをもっと(ちゃんと)やったらいけるのに』と言われると、『そうかな?』と思ってしまって。今になれば中村先生が言っていたことがよくわかるし、ハードルはハードルで別問題だとわかるようになりましたが、まだ若かったんですね」

 中学3年から見てもらい、高校ではインターハイの100mハードルを3連覇、3年では100mと400mリレーの3冠を獲得した寺田にとって、実業団の選手になっても中村監督は先生のままだった。中村監督側にも、高校を卒業してから指導していた福島とは違い、ずっと指導している寺田にはあまり言わなくてもわかっているという思いもあったのだろう。

「私自身、先生の言うことは絶対だったし、先生の喜ぶことをしたいという関係性があったと思います。でも今は、中村先生にも『それは違う』とガンガン言える。そういう関係性をあの頃も作っておければよかったけど、あの頃は自信もなくしていたので難しかったですね」

 13年の日本選手権が13秒85で予選落ちだったのを機に、寺田は一度目の陸上人生に終止符を打った。

(つづく)

プロフィール
寺田明日香(てらだ・あすか)
1990年1月14日生まれ。北海道・札幌市出身。
日本選手権で3連覇を達成するなど実力の持ち主だが、2013年、23歳の時に陸上競技を引退。結婚出産を経て、2017年には7人制ラグビーにも挑戦したが、2019年からは再び陸上競技に復帰を果たした。

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