巨人・阿部引退で岡本和真に正念場 現役時の原辰徳氏と酷似

10月3日(木)7時0分 NEWSポストセブン

4番・岡本和真の真価が問われる(写真:時事通信フォト)

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 巨人・阿部慎之助が今季限りでの引退を発表した。9月25日の引退会見で4番・岡本和真について聞かれると、「『自分が打たないから負けた』とあの若い年齢で言ってくれた。それは将来の巨人にとっても心強いんじゃないかなと思いました」と語った。野球担当記者が話す。


「今年、岡本は不調で6番に落ちたりしながらも、なんとか4番を務めた。その陰には、ベテラン阿部の存在がありました。8月2日から4日までのDeNA戦で3連敗すると、打てない4番は集中砲火を浴びた。しかし、7日の中日戦でベテランの阿部が5番で先発出場すると、チームは5連勝。岡本の打棒も復活した。阿部効果は明らかでした」(以下同)


 1990年代の巨人で、落合博満という大ベテランが松井秀喜の1本立ちを支えたように、岡本にとって阿部が後ろに控える安心感は何よりも大きかったはずだ。


「シーズン最終打席で敬遠されたように、阿部はまだまだ現役で通用する。ポストシーズンでも重要な役割を担うでしょう。気の早い話ですが、来年の巨人は岡本の後ろを打つバッターが重要になる。端的に言えば、外国人やFAでの補強になるのでしょうけど、阿部という存在の穴を埋められる選手はいない。岡本がここをどう乗り切るかです」


 来年、4番として3年目を迎える岡本和真は1980年代に巨人の4番を務めた原辰徳(現監督)と状況が似ているという。


「原は1982年に4番に初めて座り、1983年にはMVPと打点王に輝きました。この時までは王貞治、長嶋茂雄を継承する巨人の4番に成長しつつあるとファンも暖かく見守っていました。しかし、1984年は開幕から絶不調に陥り、5月には4番を外された。その後も、完全復調には至らず、優勝を逃したチームの戦犯扱いとされた。原が勝負弱いとレッテルを貼られ始めたのは、この年からです」


 なぜ、原は4番に座った3年目の1984年から調子を崩していったのか。


「前年の日本シリーズで、東尾修を中心とする西武投手陣が執拗に内角を攻め、原の打ち取り方をセ・リーグに示した。また、1983年に原の後ろに控えていたレジー・スミスが年齢的な衰えもあり、打てなくなった。1984年に来日したクロマティは最終的には35本塁打、93打点を挙げたが、シーズン序盤は苦しみ、7番に座ることもあった。原へのマークが厳しくなった上に、周りがカバーできない状態が続いた」


 一番の原因はチームが勝てなかったことだろう。


「この年は巨人軍創立50周年で、秋の日米野球では前年のワールドシリーズの王者であるボルティモア・オリオールズを迎えて、日本一のチームが戦うことになっていた。読売新聞主催の行事であり、巨人は絶対日本一になることを求められていた。それなのに、開幕から波に乗れず、チームは下位を彷徨っていた。そのような時、叩かれるのはエースと4番なんです。1984年の巨人で言えば、江川卓と原辰徳でした」


 4番2年目のシーズンでMVPと打点王を獲得した原辰徳は日本シリーズで西武に3勝4敗で敗れている。この時、日本一になっていれば、世間の風向きもまた違っていたかもしれない。同じことは今の巨人にも当てはまるだろう。


「阿部のいなくなった来年こそ、4番・岡本の真価が問われる。そのためにも、岡本が今年のクライマックスシリーズや日本シリーズでどれだけ打てて、チームが日本一になれるかどうか。ポストシーズンに、岡本の2020年以降が懸かっていると言っても過言ではありません。原は入団1年目に日本一を経験しているが、当時は主に6番を打っており、次の日本一は入団9年目だった。岡本が4番2年目で日本一になれれば、間違いなく自信になる」


 岡本が名実ともに巨人の4番に成長できるかどうか。これからの1か月は野球人生の大きなターニングポイントになりそうだ。(文中敬称略)

NEWSポストセブン

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