井村雅代や仰木彬… 偉大なる名監督たちの格言

10月4日(火)16時0分 NEWSポストセブン

選手を導く名監督に名言あり

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 スポーツ、映画、音楽、舞台──どの世界でも、名場面にはそれを導く言葉があった。スポーツの世界の偉大なる名監督たちの格言を紹介しよう。


【三原脩 プロ野球 1911〜1984年】


「『勝負は心理戦である』──これは私の考え方だ。信念といってもいい」


 各球団で日本一を経験し、「魔術師」の異名を取った、昭和を代表する名監督。大胆な選手起用などで知られたが、この言葉が示す通り、その采配の裏には緻密な戦略があった。(『風雲の軌跡』より)


【大松博文 バレーボール 1921〜1978年】


「わたしは選手たちを自分の妹である、家族であると考えています。だれひとりにも不公平があってはならない、一家の苦しみは、まず家長のわたしが苦しむようにしています」


 1964年、東京オリンピックの女子バレーで、金メダルを獲得し世界を驚かせた「東洋の魔女」。大松監督は自らが見本になろうと、選手の誰よりも早くコートに姿を見せ、誰よりも遅くコートを去った。(『おれについてこい!』より)


【井村雅代 シンクロ)1950年〜】


「あほか、負けたら悔いあるやろ。悔いありませんと答えるなら、試合に来るなよ」


「これが私の責任の取り方です」。リオ五輪で3大会ぶりのメダルを獲得したあと、井村はこう言った。選手たちに過酷な練習を課すことで知られるが、それは練習が報われるのは結果しかないと知っているからだ。(『シンクロの鬼と呼ばれて』より)


【仰木彬 プロ野球 1935〜2005年】


「選手の“咲き時、咲かせ時”を判断して、立派な花を咲かせてやるのが監督の仕事です」


 野茂英雄とイチロー。2人のパイオニアは揃って、仰木監督を生涯の師と仰ぐ。常識や他人の評価に囚われず自分の目で見て、いいと思えば使ってみる。そうやって選手の旬を見極め、人々の記憶に残る選手の才能を開花させた。(『勝てるには理由がある』より)


※週刊ポスト2016年10月14・21日号

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