町田ゼルビアの大物顧問弁護士招聘は“大補強”か“悪手”か
2024年10月8日(火)18時0分 FOOTBALL TRIBE
10月5日の明治安田J1リーグ第33節で、3位につける町田ゼルビアは、ホーム(町田GIONスタジアム)で川崎フロンターレに1ー4で敗れ、今2024シーズン初の連敗を喫した。
町田は前半13分、チーム最年長40歳のベテランFW中島裕希の美しいミドルシュートで先制したが、川崎のパス回しに翻弄されミスを連発し、シュート24本を許す完敗劇。逆転負けも今季初で、Jリーグ初の「J1初昇格即優勝」が遠のいた。
黒田剛監督の代名詞ともいえる「最短距離で得点を狙う」形で幸先よく先制し、前節の上位対決サンフレッチェ広島戦(9月28日エディオンピースウイング広島)での敗戦(0-2)のショックを払拭したかに見えた町田だが、前半28分、川崎DF三浦颯太のインナーラップに付いていけずに同点に追いつかれると、38分には日本代表GKでもある谷晃生のミスキックをMF脇坂泰斗に拾われ、FW山田新が逆転ゴール。
町田はハーフタイム明けに2トップを交代し、FW藤尾翔太、FWオセフンを投入したが、試合の流れは変わらず。後半5分には、FWエリソンにPKを決められ、後半26分にもFWマルシーニョにゴールを許すなど守備陣が崩壊。終わってみれば今季最多の4失点を喫した。
ここでは町田の敗因や状況を振り返ると共に、同試合翌日に公開された大物顧問弁護士就任について、それにまつわる今2024シーズンを通じた町田の騒動について考察する。
町田の敗因と救いは
敗因を挙げればキリがないが、本来、サイドバックの日本代表DF望月ヘンリー海輝をCBの位置で起用せざるを得なかった選手層の薄さ、リーグ戦も佳境に入り二回り目の対戦となったことで、黒田サッカーへの対策されてきたこともあるだろう。
実際、町田の十八番のロングスローも、この試合では3回しか出せなかった。川崎DFが安易にタッチラインにクリアすることを避けたのだ。また、町田が得意とするフィジカル勝負に対し、川崎が持ち前のパスサッカーでかわし続け、個人技の差をまざまざと見せ付けたようなゲームだった。
救いがあるとすれば、ここで代表戦ウィークに入り、リーグ戦は2週間の空きがある点だ。ここで立て直さないと中断後に待ち受けるのは、10月19日の第34節柏レイソル戦(三協フロンテア柏スタジアム)と、11月3日の第35節サガン鳥栖戦(駅前不動産スタジアム)。ともにJ1残留を懸けて一戦必勝の戦いを挑んでくる相手で、しかもアウェー戦だ。一筋縄ではいかないだろう。
4位の鹿島アントラーズとの勝ち点差は6だが、連敗が続けば優勝はおろか、ACL出場権も危うくなる。
試合翌日の町田のあるリリース
そんな町田だが、翌6日、あるリリースを公式HPに公開した。「弁護士加藤博太郎氏の顧問就任及び誹謗中傷に関する情報提供窓口設置のお知らせ」と題するそのリリースは、「弊クラブ及び所属選手・スタッフに対する誹謗中傷についてにおける対応方針」として示されたものだ。
確かに町田に対する批判的なSNS上での他クラブのファンの投稿やネットニュースは、今季のJ1リーグの話題を独占している感がある。それは鹿島のランコ・ポポヴィッチ監督の電撃解任のニュースも霞んでしまったほどだ。
今季、初のJ1での戦いで快進撃を見せていた町田。しかし、徐々にその称賛の声は消え失せ、逆にそのプレースタイルへの批判が目立つようになっていく。ぶつかり合いも辞さない選手のフィジカルを生かしたサッカーは、時に“アンチフットボール”と揶揄されることがある。
ロングボールとフィジカルを重視した監督
スペインのラ・リーガ1部ヘタフェのペペ・ボルダラス監督(2016-2021、2023-)は、ロングボールとフィジカルを重視し、結果、中盤でのゲームコントロールを無視した戦術の犠牲となったMF柴崎岳は活躍の場を失い、2部(現3部)のデポルティーボ・ラ・コルーニャへの移籍(2019-2020)を余儀なくされた。
それでもボルダラス監督は2021年、バレンシアに引き抜かれて低迷していた名門を立て直し、リーグ戦9位、スペイン国王杯では準優勝という成績を残した。翌2022年6月に成績不振で解任されると、2023年4月、古巣ヘタフェの指揮官に再就任している。
こうしたタイプの監督はいつの時代にもいるもので、後に世界的名将となったジョゼ・モウリーニョ監督(現フェネルバフチェ)も、ポルトで2003-04シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ(CL)を制した頃は、このタイプの監督だった。
黒田監督は、青森山田高校で全国制覇を果たした高校サッカー指導者という経歴に加え、初めてプロチームを指導するなり、前年2022シーズン15位だったチームに改革をもたらし、圧倒的な強さで2023シーズンのJ2を制した“異分子”としてJ1に迎えられた。J1他クラブのサポーターは総じて“さて、お手並み拝見”といった気持ちだったことだろう。
しかしその強さは本物で、町田は2月24日のJ1開幕戦・ガンバ大阪戦(町田GIONスタジアム)で退場者を出しながら1-1で凌ぐと、その後、名古屋グランパス、鹿島、北海道コンサドーレ札幌、サガン鳥栖を相手に4連勝。一気に台風の目となる。
黒田監督のイメージを決定付けた出来事
しかし、ロングスローを多用するスタイルや、セットプレーとカウンターに頼った戦術は他クラブのサポーターから色眼鏡で見られ、“面白くない”との評価を受け始める。そこに、黒田監督へのイメージを決定付ける出来事が起こる。
6月12日に行われた天皇杯2回戦の筑波大学戦。町田は終了寸前に追いつかれ、1-1からのPK戦で敗れると、同監督は自らのふがいなさを反省する一方で、4人もの負傷者を出したことに触れ主審への不満をぶちまけただけでなく、相手の筑波大学の選手に対して「非常にマナーが悪い」、さらにジュビロ磐田に入団が内定しているMF角昂志郎を名指しした上で「タメ口で、大人に向かっての配慮に欠ける」、小井土正亮監督に対しても「指導も教育もできていない」とまくしたてたのだ。
「批判は覚悟の上」と前置きしていたものの、アマチュア、しかも学生相手へのあまりにも大人げない発言は、下剋上が起きた試合以上にクローズアップされた。
さらにその翌週の6月15日に行われたJ1第18節、横浜F・マリノス戦(日産スタジアム/3-1)で逆転勝利した後のインタビューでは、出場した選手をねぎらうと同時に、筑波大学戦後の発言について問われると、「我々が正義。ダメなものはダメと訴えていく」と発言。自らが焚きつけた火に油を注いだのだ。
ここから黒田監督、および町田はJリーグ史上、類を見ない“悪役”イメージが定着してしまう。
その後は、ロングスロー時のタオル使用や、PK時のFW藤尾翔太のボールへの水掛け行為。8月17日の第27節ホーム磐田戦(4-0)において、藤尾に水掛け行為を見た高崎航地主審がボールを交換し、それに対し、町田イレブンが主審を囲んで猛抗議を行った。
また、首位攻防戦となった9月28日の第32節アウェイ広島戦(0-2)では、広島の控え選手にボール拭き用のタオルに水を掛けて濡らされた行為について“逆ギレ”。町田の原靖フットボールダイレクターがJリーグと広島側に「要望書」と称した抗議文を突きつける事態になった。
加藤弁護士の顧問就任に至るまで
ここまでくると、もはや子どものケンカだ。些末なことにもいちいち文句をつけ、それがニュースとなり炎上するという負のサイクルは止められず、町田のイメージは最悪となる。筆者はJリーグを創設当初からウォッチしてきているが、Jの歴史上、ここまで全方位から嫌われたクラブは記憶にない。
時代の流れからか、その批判は主にSNS上やポータルサイトのコメント欄に集まり、ついにはX上で「知り合いの勤める会社が町田のスポンサーから降りた」というポストが拡散された。
事の真偽は不明だが、町田のフロントはこれを看過できず、今回の加藤博太郎弁護士の顧問就任と誹謗中傷に関する情報提供窓口の設置に至ったわけだが、“時すでに遅し”の感は否めない。
顧問に就任した加藤氏は、週刊誌で性加害疑惑が報じられた日本代表MF伊東純也の弁護を担当し、不起訴処分に導いた。他にも、スルガ銀行の不正融資事件や、熱海市の「盛り土流出事故被害者の会」の弁護団長を務めるなど、数多くの大型案件を担当した実績がある。慶応大4年次に飛び級で大学院に合格した秀才でもある。その実績から委託料は、大物外国人選手を獲得できるほどの金額だろう。
加藤氏は「刑事告訴を含む法的措置を厳正に講じる」との声明を出し、誹謗中傷のスクリーンショットを窓口まで送るよう要請した。
町田の手法は“大補強”か“悪手”か
いきなり「刑事告訴」というパワーワードを発し、情報提供窓口を設置したことで、町田サポーターは、せっせと我がクラブへの誹謗中傷の投稿探しに血眼になっていることだろう。町田のフロントは、サポーターを“チクリ魔”として利用する手法を選んだのだ。
しかしこれには強烈な違和感を禁じ得ない。果たしてこれが、日本のサッカー文化なのかと。
もちろん、サッカーと関係のない人格攻撃は許されない。しかし、試合での行動・言動について意見することまで、自らにとって都合の悪い内容であれば一方的に「犯罪」と決め付けるようなやり方が、建設的とは思えないのだ。
この発表によって、一時的には町田への批判が止むかもしれない。しかし、それは町田への意識が好転したということではなく、悪いイメージが固定化されたことを意味するのだ。
CEO藤田晋氏の見解は?
もう1つ、疑問がある。この一連の騒動について、代表取締役社長兼CEOの藤田晋氏からのコメントが一切、聞こえてこないことだ。「口は出さぬが金は出す」と言えば聞こえはいいが、クラブの危機にトップが何の動きも見せないことにもどかしさを感じる。今さら悪役を買って出ることに二の足を踏んでいるのかもしれない。もしかしたら、町田のファンの中にも同じ思いの人がいるのではないだろうか。
邪推であることを祈るが、もはや藤田氏は、町田の経営への興味を失っているのかもしれない。2018年にクラブを買収した際にも反対の声があった上、翌2019年にはクラブ名を「FC町田TOKYO」に変更するプランが浮上し、サポーターの猛反発に遭ったことで、すぐに引っ込めたという経緯がある。
町田の買収以前の2006年に、東京ヴェルディを運営する「日本テレビフットボールクラブ」の副社長に就任したが、OBのラモス瑠偉監督を招聘しながらも成績が低迷し、クラブ内のゴタゴタが絶えない体制に嫌気が差し、わずか2年で経営から撤退した。
元々は野球好きでヤクルトファンを公言し、麻雀好きが高じて、自ら社長を務めるAbemaTV主催で、競技麻雀のプロリーグ「Mリーグ」を立ち上げたほどだ。その他にも、グループ会社のCygamesがリリースしたゲーム「ウマ娘 プリティーダービー」が大ヒットしたことへの「恩返し」として、多数のGIホースを所有する馬主という顔も持っている。
民放テレビ局とNHKが束になっても買えなかったワールドカップカタール大会の放映権を買収したほどの資金力を持つ藤田氏が、地縁もなく、悪役イメージが染みついたJクラブを所有するメリットは、日に日に減ってきているのではないか。
日本のサッカー文化の行方
アクセスが悪く、山の中にあることを逆手に取り、“天空の城”の異名を持つ町田GIONスタジアムは、ホームゲームの日には数多くの露店が並び、様々なイベントも開催されるなどアットホームな雰囲気だが、一方、クラブとサポーターの関係は決して一枚岩ではない。今回のクラブの方針に疑問を持つファンも少なくないだろう。
今回の騒動とそれに対する対応は、言葉の暴力に対し、法律という盾によって押さえつけようとする試みだ。表向きには争いは収まるかもしれないが、根本的な問題は何一つ解決することなく、禍根だけが残される。
このまま広島が優勝したとしても、2024年は町田の快進撃と数々の騒動が一番のトピックだったシーズンとして記憶されるだろう。
日本のサッカー文化をこれ以上汚されないようにするには、どうこの問題に決着をつけるべきなのか。シーズンオフに“黒田体制の一新”という大ナタが振り下ろされる可能性もゼロではないだろう。騒動の原因を作り、自ら火に油を注ぎ、“失言”を顧みる謙虚さもないのだから致し方ないだろう。
そこまで言及するのは、Jリーグが競技であると同時に、ファンを中心とした「興行」であり、エンタメであり、人気商売でもあるからだ。