宇野昌磨はコーチ不在でも孤独じゃない。リンクの熱気を力に変える

10月9日(水)7時30分 Sportiva

『ジャパンオープン2019』の前日、公式練習だった。宇野昌磨(21歳、トヨタ自動車)は6人のスケーターの中で、おそらく誰よりも転倒していた。しかし失敗しても、果敢に挑み続ける。そして最後は成功させていた。


ジャパンオープンに出場した宇野昌磨

 リンク脇に戻ると、黒い手袋を脱いで一つ息を吐いた。黒いテープを手にとって、黒いスケート靴に巻き付ける。血が全身を駆け巡っているのか、白い頬は赤く染まっていた。

「徐々に調子を上げていく。今できることをやりたい」

 公式練習後の取材、そう語る宇野は目の表面がやや緊張していた。今シーズンはコーチ不在。その不安に焦点が行くことに、本人はもどかしさがあるのか。後ろに組んだ右手の親指を、左手で強く握っていた。

「はたから見ると、”環境が変わった”と考える人も多いと思います。でも正直、あまり変わっていません。(昨シーズンまで)コーチはいましたが、自分の思いをくみ取ってもらっていたので、練習時間や内容も自分で考えていましたから」

 彼はそう言って、少し早口になって続けた。

「(現在は)調子が良いとは言えないです。でも、落ちているというよりも、(ジャパンオープンには)間に合わなかった、というのが正しい感じで。振り付けてからジャンプを入れると難しく、まだ滑り込みが足りない。今後は良くなっていくんじゃないかと」

 宇野は、世界王者になるための道を模索しているのだろう。2018年の平昌五輪では、惜しくも2位だった。昨シーズンはグランプリファイナルで2年連続の2位、全日本選手権では3連覇達成も、世界選手権は2年連続2位だったにもかかわらず、4位に順位を落とした。

「自分の年齢で言うのもなんですが、残りのスケート人生、楽しく滑りたい」

 そう語る21歳の真意は——。

 10月5日、さいたまスーパーアリーナ。地域対抗戦の『ジャパンオープン』、宇野は上着を脱ぐだけで、大歓声を浴びた。黒に輝く模様を施した衣装だった。

「新たな自分というのはおかしいですけど、僕の演技を確立したい」

 宇野はそう説明している。今シーズン、フリーの曲に選んだのは、「Dancing on my own」。戻らない恋に「さようなら」を込めた切ないラブソングだ。

 宇野は音と一体になって滑り出すと、冒頭の3回転サルコウを成功した。しかし4回転フリップはわずかに着氷が乱れ、手をついてしまった。その後の4回転トーループは転倒。構成自体を落としており、技術点は伸びなかった。

「ジャンプは(練習でも)ノーミスでできるようになるまで跳びたい」

 そう語る宇野にとって、不本意な出来だっただろう。

 しかし、ステップもスピンも最高評価のレベル4を獲得し、全日本王者の真価も見せた。氷上のスピード感は十分で、鮮烈な印象になった。両足を180度開いて、上半身をそらす背面滑走「クリムキンイーグル」では観客を沸かせた。世界王者、ネイサン・チェンに及ばず、169.09点で2位だったが、上々のシーズン前哨戦だ。

 昨シーズン、宇野は自らに重圧をかけた。「優勝以外、考えない」。その負荷を跳ね返すことで、力をつけようとしているようだった。一昨シーズンが世界選手権、平昌五輪、グランプリファイナルといずれも2位だったことで、自ら覚悟を示した。

 そして全日本選手権ではケガをしながら、鬼気迫る演技を見せた。シーズン最高点で優勝。3連覇で王者にふさわしい姿を示した。

 一方、不退転で挑んだ世界選手権は4位に甘んじている。

「自分の弱さに失望しました。結果を求めて、『1位になりたい』と言っていた自分が、この演技の後では恥ずかしい」

 取材エリアで、彼は唇をかんだ。あふれ出る涙を止められなかった。感情の人なのだろう。行動原理が真っ直ぐなだけに、言葉に苦しめられたとも言える。

「楽しむ」

 今シーズン掲げた信条は、直感的な彼を縛らないだろう。

 もっとも、楽しむことはジャンプを跳ぶことであり、スコアを出すことでもある。結局、競技者はそこに行き着く。結果から逃れられないことを、彼自身がいちばん弁えているはずだ。

 だからこそ、スケーターは共感を必要とする。

「(スイス合宿でコーチを受けた)ステファン(・ランビエル)がいると、自然に笑顔になれたというか。技術指導よりも、話し相手がいるのはいいなって。自分一人だと共感する人がいない。感情のところで、楽しくないなと。(ランビエルに)教えてもらったからこそ、『跳びたい!』とかなるので。メンタルのところは(コーチがいることで)いいところがありますね」

 宇野はそう言って、頬を少し緩めた。コーチ不在の功罪は、1年後に明らかになる。どちらに転んでも、彼が選択した挑戦だ。

 しかしリンクで、宇野が孤独を感じることはない。熱の入った声援は止まないだろう。この日の会場にも、心のこもった横断幕が数多く飾られていた。彼はその熱気を力に変えられる。

「演技を終えた時に楽しかったか。それが今シーズン、最大の目標です」

 大会後、宇野は静かに言った。プログラムが未完成であるがゆえに、「予感」も抱かせた。今月開幕のグランプリシリーズ、11月のフランス大会が初戦となる。

Sportiva

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