Bクラス巨人が無風のコーチ人事 来季も優勝は困難か

10月12日(木)16時0分 NEWSポストセブン

3年連続V逸なら監督生活も終了か(撮影:山崎力夫)

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 今年の巨人は2リーグ分裂以降、8度目となるBクラスに転落。クライマックスシリーズが始まる前に、3年契約2年目だった高橋由伸監督の続投が決まり、新しいコーチングスタッフも発表された。


 過去7度のBクラス年の監督を振り返ると、2005年に5位に終わった堀内恒夫監督が契約期間を1年残して解任された以外は全て留任している。


 とはいえ、来季も高橋監督がペナントを取れなければ、退任の可能性が高い。堀内監督以外のBクラス翌年の成績を見ると、優勝3回(1962年川上哲治監督4位→優勝、1975年長嶋茂雄監督6位→優勝、2006年原辰徳監督4位→優勝)、2位1回(1991年藤田元司監督4位→2位)、3位2回(1979年長嶋監督5位→3位、1997年長嶋監督4位→3位)と半分の確率で覇権を奪回している。一方で、優勝できなかった場合は1997年の長嶋監督を除けば、いずれも監督の座を退いているのだ。野球担当記者が話す。


「巨人の2年連続Bクラスは2005年堀内監督の5位、2006年原監督の4位の1回だけ。来季もBクラスならば、間違いなく監督交代でしょう。また、『Bクラスを含む3年連続優勝なし』でも続投したのは長嶋監督(1997年4位、1998年3位、1999年2位、2000年優勝)だけ。その長嶋監督でさえ1998年には辞意を漏らしたと伝えられ、後任は西武の黄金時代を築いた森祇晶氏になる予定だったと言われています。しかし、内外からの強い反発もあり続投になった。


 巨人で3年連続優勝なしで続投したのは、2次政権の長嶋監督と王貞治監督(1984年3位、1985年3位、1986年2位、1987年優勝)だけ。長嶋監督も1次政権の時は3年優勝から遠ざかり、解任された。高橋監督にミスターほどの人気があるとは言えませんし、来季優勝できなければ3年連続V逸となり、監督生活終了の確率が高い」


 いわば、来季は背水の陣となる高橋監督だが、コーチ陣には吉村禎章氏が打撃総合コーチとして2011年以来の復帰を果たしたものの、村田真一ヘッドコーチが留任するなど変動は小さかった。


「フロントの意図がいまいち読めません。今のようなコーチの完全分業制が整っていなかった1963年は別として、Bクラスの翌年に優勝した1976年と2007年は外部コーチを入れることでチーム改革をしました。1976年には、中日と阪神で監督を務めた杉下茂氏を投手コーチに迎い入れ、前年すぐに交代させて投手陣の不満を買っていた長嶋監督を制御する役割を果たしました。


 2007年には、1980年代から90年代にかけて西武の黄金時代に三塁コーチとして敵に嫌がられ、西武やオリックスで監督経験のある伊原春樹氏を野手総合コーチとして招聘。原監督にしてみれば、現役時代に日本シリーズで辛酸をなめさせ続けられた伊原氏をコーチに迎えることは複雑な思いもあったはず。それでも、伊原コーチの意識改革が巨人を甦らせました」(同前)


 球団史上初の最下位になった1975年は関根潤三ヘッドが翌年から2軍監督になり、初めて2年連続Bクラスに終わった2006年は近藤昭仁ヘッドが退任。他球団で活躍した大御所を迎え入れたことで、チームは優勝を飾ったのだ。


「逆に、堀内氏が投手コーチからヘッドコーチに昇格しただけで、目を引くようなコーチ人事のなかった1998年は3位に終わっています。1980年は青田昇氏がヘッドを務める予定でしたが、オフの舌禍問題で辞任した。この影響も、ペナントを逃した1つの要因でした。1991年に藤田元司監督が4位に終わった時は近藤昭仁ヘッド、松原誠打撃コーチ、江藤省三守備コーチが退任。1992年は高田繁氏、中西太氏という監督経験者がそれぞれヘッド、打撃コーチを務め、最後まで優勝争いを演じました。


 今年の巨人はBクラスに終わったにもかかわらず、来季の新たな1軍コーチは吉村氏の復帰と2軍から豊田清氏と小関竜也氏が昇格しただけ。新たな血を入れないで、改革できるのか疑問です」


 ほぼ無風の監督・コーチ人事が、来季の巨人の成績にどんな影響を及ぼすのか。

NEWSポストセブン

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