小久保裕紀、サブロー、谷佳知…。「出戻り」選手たちの悲喜こもごも

10月13日(火)6時50分 Sportiva

 9月7日に発表された、巨人・澤村拓一とロッテ・香月一也の交換トレードは大きな話題を呼んだ。澤村は翌8日の入団会見後、チームに即合流。同日に行なわれた日本ハム戦の1点リードの場面でZOZOマリンスタジアムのマウンドに上がり、圧巻の三者連続三振でロッテでのデビュー戦を飾った。

2006年11月、巨人からホークスへの「出戻り」が決まり、当時の王貞治監督(左)に帽子をかぶせてもらう小久保裕紀(右)
 澤村はリリーバーの層を厚くしたいというロッテの思惑に見事にハマり、リーグ優勝を争うチームにおいて欠かせないピースになっている。実力がありながらチーム事情で出場機会がない選手や、環境に順応できずに芽が出ない選手が移籍先で活躍するケースは多いが、澤村はトレードの成功事例と言えるだろう。
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ただ、澤村は2018年にFA権を取得済み。骨を埋める覚悟で他のチームへ移籍した選手が、チーム状況の変化などによって「また古巣で......」となる"出戻り"も選択肢にあるため、今後の動向が注目されている。
 過去に、出戻りで成功した代表的な例といえば小久保裕紀だろう。所属していたダイエー(現ソフトバンク)がリーグ優勝と日本一を達成した2003年のオフ、衝撃の「無償トレード」で巨人に移籍。2004年には巨人の右打者として史上初のシーズン40本塁打以上を達成し、2005年には交流戦初代本塁打王に輝くなど巨人の主軸として活躍した。
 2006年には、巨人への移籍選手として初の主将に指名されるなど期待されたが、右手親指のケガで6月から長期離脱し、同年オフにFA権を行使してソフトバンクに復帰した。
 古巣への復帰1年目にはチームトップの25本塁打をマーク。2009年には主将に任命されて4番に定着し、チームトップの81打点をマークするなどチームを牽引した。また、2011年には日本シリーズでMVPを獲得するなど、8年ぶりの日本一に貢献。史上41人目の2000本安打を達成した2012年限りで現役引退を発表した。

 印象が強い出戻りは巨人に関わるものが多いが、サブローを想起するファンも多いはず。2011年6月、工藤隆人+金銭との交換トレードでロッテから巨人に移籍。巨人での登録名は本名の「大村三郎」になった。7月1日に一軍に合流すると、同日の中日戦に代打で出場。吉見一起から名刺代わりの本塁打を放ち、巨人での鮮烈なデビューを飾った。
 しかし、相手チームの先発が右投手の場合は代打起用が多く48試合の出場にとどまった。すると同年オフにFA権を行使し、ロッテへの復帰を発表する。巨人に在籍した期間はたったの154日だった。ロッテ復帰の会見時には、「常にロッテの試合結果が気になっていた」などロッテ愛を強調。ロッテファンも、日本一(2005年、2010年)の立役者の帰還を熱烈に歓迎した。
 その期待に応え、復帰1年目は開幕から5番に入り、途中から4番を担って137試合に出場。リーグトップの78四球をマークするなど「つなぎの4番」として存在感を発揮した。2014年以降は出場機会を減らし、2016年のシーズン中に引退を発表。その引退試合には、巨人時代のチームメイトである阿部慎之助、坂本勇人ら主力選手が観戦に訪れ、サブローの人望の厚さが伺えた。
 逆に、巨人に出戻りしたのが脇谷亮太だ。脇谷は、2013年にFA権を行使して西武から巨人に移籍した片岡治大の人的補償で、翌年1月に西武へ移籍。在籍期間は2年だったが、2年目には118試合に出場し、打率.294、出塁率.367の好成績をマークした。
 しかし2015年オフに、現役時代から目をかけてくれていた高橋由伸が巨人の新監督に就任することが発表されると、FA権を行使して古巣への復帰を決意。巨人への出戻りは球団史上初のことだったが、2018年に引退するまでの3年間で一軍の出場は106試合にとどまった。

 出戻り後に思うような成績を残せずに球界を去った名選手たちもいる。走攻守で高いレベルを誇り、オリックスで一時代を築いた谷佳知もそのひとり。2013年に巨人から戦力外通告を受けたのち、古巣のオリックスが獲得を発表した。2014年は5番・レフトで開幕スタメンに名を連ねたが、打撃不振にもあって一軍出場はわずか9試合。2015年も11試合の出場にとどまり、同年限りで引退した。
 中日、オリックス、楽天、中日と渡り歩き、史上3人目となるセ・パ両リーグでの本塁打王を獲得した山﨑武司も、出戻り後は厳しい数字に終わった。2012年、中日への復帰1年目は4番・ファーストで開幕スタメンに抜擢。期待も大きかったが、シーズン終盤に左手薬指を骨折するなどの不運も重なり、90試合の出場で打率.209、1本塁打、13打点。翌年は51試合の出場でユニフォームを脱いだ。
 しかしこの2ケースは、いずれもキャリア終盤での出戻りだった。復帰が決まった当時、谷は40歳で山﨑は42歳。十分な実績を残してからの古巣での引退に、チームのファンや関係者も拍手でそのキャリアを称えた。一方で、このままキャリアを終えるわけにはいかない現役選手も。2016年11月、大田泰示、公文克彦との交換トレードで、石川慎吾と共に日本ハムから巨人に移籍した吉川光夫だ。
 2012年にリーグ2位の14勝を挙げて最優秀防御率のタイトルを獲得。パ・リーグMVPにも選出され、同年の日本ハムのリーグ優勝に大きく貢献したが、巨人に在籍してからの3年間では合計7勝と思うような結果を残せなかった。
 すると2019年6月、鍵谷陽平、藤岡貴裕との交換トレードで、宇佐見真吾と共に古巣の日本ハムに復帰したが......わずか4試合の登板で0勝3敗に終わり、今季もリリーフでの5登板のみ。まばゆい輝きを放っていた日本ハム時代には程遠い状態だ。しかし、まだ32歳で再起の可能性もゼロではない。再び一軍で活躍する姿を見せられるか。

 出戻り後に結果を出せずとも、人望の厚さでベンチに必要とされている渡辺直人のようなケースもある。2010年オフに金銭トレードで横浜への移籍が発表された際、当時のチームメイトだった嶋基宏、鉄平ら、渡辺を慕う数多くのチームメイトが涙を流して放出を悲しんだ。その後、2013年にトレードで西武に移籍。2017年10月に戦力外通告を受けると、翌月には楽天への復帰が発表された。
 2018年は69試合、2019年は19試合の出場で、今季は一軍の打撃コーチ兼任として選手としての出場機会をうかがっていたが、9月に現役引退を発表した。ベンチで若手にアドバイスを送り成長を見守る姿、一緒に喜び合う良き兄貴的存在の渡辺は、楽天にとって大きな力になっている。
 プロの出発点となったチームへの恩返しを誓い、期待どおりに活躍する選手と苦しむ選手がいるのが、プロ野球という厳しい世界。今オフも、どの選手の野球人生に動きがあるか、目が離せない。

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