1983年に米国で最も売れた2シーター、マツダの初代「RX-7」を廃車置場で発見! 

10月15日(日)18時30分 日本版Autoblog



マツダの初代「RX-7」(日本名:サバンナRX-7)は、北米では1979年から1984年モデルイヤーまで販売され、特にカリフォルニアのクルマ好きは、高回転のヴァンケル型ロータリー・エンジンで駆動するこのスポーツカーに夢中になったものだった。しかし、悲しいことにそのほとんどは、高速道路のコンクリート壁に衝突したり、自称"チューナー"たちによって切り刻まれたりして、既に死に絶えてしまった。写真の1983年モデルは、サンフランシスコにあるセルフサービスの廃車置場に辿り着くまで、30年以上もの間、生き存えた個体だ。

計器類は何者かによって傷付けられていたため、このオドメーターの表示が正しいかどうかは分からない。しかし、もしこの数字が実際の走行距離を示しているならば、筆者がこのような場所で見て来たクルマの中では最も長く走ったRX-7ということになる。

このクルマにエアコンのオプションが装備されることは稀だった。少なくとも、それほど暑くならないカリフォルニア沿岸では珍しい。

エアコンにお金を払うくらいなら、サンルーフを付けるべき。1980年代初期、サンルーフはステータス・シンボルだった。

初代RX-7が廃車置場に辿り着くと、マツダの12A型エンジンは大体そのままスクラップとなる。12A型ロータリーを持っておきたい人は、既にいくつもガレージに貯め込んでいる。北米仕様の自然吸気12A型エンジンは最高出力100hp/6,000rpmに過ぎなかったが、1983年当時、車両重量1,000kgほどのクルマとしてはパワフルな方だった。



この米国市場向けのコマーシャル映像で、1983年型RX-7は米国で最も売れている2シーターのスポーツカーと宣伝されている。もちろん、この年に手頃な2シーターのクルマが他にあまりなかったという事実もある。「MGB」は1980年に生産終了となっていたし、トライアンフの「スピットファイア」と「TR7」も1981年には製造を終えていた。フォード「EXP」やベルトーネのバッジが付けられたフィアット「X1/9」を購入する人は少なかった。シボレー「コルベット」は4世代目の登場が遅れたため1983年モデルというのは存在しない。1万5,495ドル(約360万円:価格はすべて1983年1月の1ドル=232.7円で換算)のアルファ ロメオ「スパイダー」や1万4,799ドル(約344万円)のダットサン「280ZX」(日本名:2代目日産「フェアレディZ」)は確かに強力なライバルだったが、RX-7はそれらより安価な9,695ドル(約226万円)で買えたのだ。



もちろん、日本で放映されたTVコマーシャルの方が、米国市場向けより魅力的だったことは言うまでもない。

By MURILEE MARTIN

翻訳:日本映像翻訳アカデミー

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