Jヴィレッジの名付け親、チャールトン氏をJFA会長ら追悼「いつも日本のサッカーに心を寄せてくださった」

2023年10月22日(日)17時52分 サッカーキング

日本サッカーとの交流も多かったチャールトン氏 [写真]=Getty Images

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 日本サッカー協会(JFA)は22日、元イングランド代表FWボビー・チャールトン氏の訃報に接し、田嶋幸三会長、川淵三郎相談役、小倉純二相談役のお悔やみの言葉を伝えた。

 チャールトン氏は現役時代、マンチェスター・ユナイテッドやイングランド代表で活躍。1958年に“ミュンヘンの悲劇”から生還し、クラブでは3度のリーグ優勝や1967−68シーズンのヨーロピアンカップ(現チャンピオンズリーグ)制覇などに貢献した。また、1966年に自国で開催されたFIFAワールドカップでは、イングランド代表を優勝に導いた。

 引退後は日本サッカーとの親交を深め、1996年に福島県に建設された日本サッカー界初のナショナルトレーニングセンターの名付け親に。「スポーツを愛する多くの人々がここに集い、語らう場所になったらいい」という願いを込め、『Jヴィレッジ』と命名した。その他にもマンチェスター・Uのアンバサダーとして何度も来日。2011年のJFA創設90周年イベントでは、1921年にイングランドサッカー協会から寄贈された「FAシルバーカップ」の復元にも携わった。

 2020年に認知症と診断され、近年は病と闘っていた。そして現地時間21日の朝、家族に見守られながら安らかに息を引き取った。86歳だった。

 田島会長、川淵相談役、小倉相談役はそれぞれ、次のように

■JFA 田島会長 コメント
「Sir ボビー・チャールトンは、マンチェスター・ユナイテッドの数々の栄光を手にした、まさに『世界のサッカーのレジェンド』。1966年のFIFAワールドカップでのイングランドの優勝はボビーさんなくして実現しなかったのではないかと思っている。ボビーさんは福島県のJヴィレッジの名付け親で、東日本大震災の2年後(2013年)にJヴィレッジを訪れたとき、その変わり果てた姿に涙しておられた。Jヴィレッジが復活した姿をお見せしたかったが、叶わぬ願いになってしまった。いつも日本のサッカーに心を寄せてくださったことを心から感謝している。日本のサッカーを名実ともに世界に誇れるものにしていくことがボビーさんへの恩返しだと思っている。謹んで哀悼の意を表します」

■JFA 川淵相談役 コメント
「Sir ボビー・チャールトンの訃報に接し、心から哀悼の意を表します。Jリーグ立ち上げの頃、マンチェスター・ユナイテッドを訪問し、プロリーグの在り方や規約の制定、プロ選手契約などさまざまな教えを請うた。プレミアリーグがB Sky Bと契約し、テレビで生放送したらスタジアムに観客が来なくなるのではないかと心配されていたが、あに図らんやスタジアムは満員になり、後に訪れたときには約4,5万人収容へと拡大し、次に行ったときには7.4万人収容になっていた。オールド・トラッフォードのスタジアムの移り変わりをボビーさんと見てきたことも感慨深い。ゴルフもよくご一緒させてもらった。イングランドが誇るレジェンドと仲良くさせていただいたことを本当に光栄に思う。ボビーさん、安らかにお眠りください」

■JFA 小倉相談役 コメント
「かねてよりご療養中と伺っていたが、あまりにも早い訃報に接し、驚きを禁じえない。ボビーさんとは、私が1981年にロンドンに赴任してからのご縁で、Jリーグの立上げやFIFAワールドカップ招致など、今日の日本サッカーの礎を築く過程で大変お世話になった。日本サッカー協会(JFA)が90周年を迎える際には、戦時中の銀器献納でなくなったFAシルバーカップの復元にもご尽力いただき、東日本大震災後には福島のJヴィレッジにも来ていただいた。被災地の子どもたちの英国訪問の際にも温かく迎え入れてくださった。日本サッカーに寄り添ってくださったお姿を決して忘れることはない。御霊の安らかなることをお祈りします」

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