王貞治の記録達成時も赤裸々に。八重樫幸雄がヤクルト歴代エースを語る

10月24日(木)6時40分 Sportiva




連載第7回(第6回はこちら>>)

【完成されすぎていたのが欠点だった松岡弘】

——これまで、三原脩さん、広岡達朗さんなど、八重樫さんが仕えた歴代名将について伺ってきましたが、今回は趣向を変えて、現役時代に捕手としてボールを受けたヤクルトの歴代投手について伺います。最初はやはり、大エース・松岡弘さんについて伺いたいのですが。

八重樫 松岡さんはとにかく練習好きですよ。とにかく走って自分の体を鍛えて、その上にピッチャーとしての身体能力を兼ね備えていた人だった。ストレートは速いし、変化球も完成されていた。でも、それが欠点でもあったんですよね。

——「完成されていた」というのが、どうして欠点になるんですか?

八重樫 完成されていたからこそ、どんな場面でもギリギリいっぱいのコースを狙うんだよね。だから、アンパイアとの相性が合わないと、すぐにツースリー(スリーボール・ツーストライク)になっちゃう。それでもすごいピッチャーだから、三振や凡打で切り抜けるんだけど、今から思えば「もっとラクに勝てたのにな」という気がするな。


当時を振り返る八重樫氏 photo by Hasegawa Shoichi

——松岡さんの現役通算成績は191勝190敗。200勝まであと9勝でした。本当にあと一歩、あと一歩のところでの引退でしたよね。

八重樫 チームとしても松岡さんには200勝を達成してもらいたいから、3年ぐらいは現役生活を伸ばしましたよね。いっぱいチャンスはあったんです。最初は先発して6回ぐらいまで投げていたけど、次第に勝利投手の権利をつかむ5回を投げ切って後ろのピッチャーにつなぐ。でも、「絶対に松岡さんに勝たせよう」というプレッシャーがあるから、後続のピッチャーが打たれる。そんなパターンが多かったな。

——すごくよく覚えています。小学生だった僕は、いつも「サッシー」こと酒井圭一さんのことを憎んでいましたから。「あぁ、また今日も酒井が松岡の勝ちを消したよ」って(笑)。

八重樫 でもね、松岡さんの後を投げるピッチャーは本当に大変なんですよ。だからオレ、ピンチの場面のマウンドで松岡さんに「松さん、もしもここで代わったら、後輩ピッチャーがかわいそうですよ。ここはもう少し踏ん張りましょう」と言ったことがあるよ。それで、7回ぐらいまで頑張るんだけど、それでも後続が逆転を喫したりしてね(笑)。晩年は5回に1回ぐらいしか勝てなかったから、200勝は達成できなかったんだけど、本当に惜しかったよね。

【『がんばれ!!タブチくん!!』のイメージ通りの安田猛】

——1970年代は「右のエース」が松岡さんなら、「左のエース」は安田猛さんでした。安田さんはどんなピッチャーでしたか?

八重樫 安田さんの場合はノーサインで受けることが多かったです。安田さんのカーブはチェンジアップのように曲がるから慣れるまで大変だったけど、それ以外は問題なくキャッチングできたけどね。

——安田さんといえば、マンガ『がんばれ!!タブチくん!!』のイメージが強く、どうしても「魔球の使い手」というイメージがあるんですが、実際はどうでしたか?

八重樫 マンガのような魔球ということはないけど、今も言ったみたいにカーブがチェンジアップ気味に曲がったり、今でいうシンカーを投げたり、バッターは大変だったと思いますよ。特にシンカー。縦に落ちるんだけど、バッターの前で一瞬、止まるような感じなんです。あのボールは王(貞治)さんもすごく戸惑っていたみたい。それに、何よりもすごかったのがストレート。ものすごくキレがあるんです。とくに、右バッターにはカット気味に、手元でピュッとインコースに入ってくる。たぶん、指の関係でそうなるんだと思うけど、独特のストレートだったな。

——じゃあ、やっぱり「魔球使い」のイメージは正しいんですね(笑)。

八重樫 安田さんは、バッターのタイミングを外すのがすごく得意だし、好きなんですよ。キャッチャーからの返球を受け取ってすぐに投げたり、踏み出す右足をグーっと我慢して、普段よりもちょっと長めにボールを持ってみたり、とにかくバッターのタイミングを外そうとする。王さんが一本足に入るタイミングで投げたりもしたけど、そういうときの王さんは全然振らなかったな(笑)。

——安田さんのようなピッチャーは、キャッチャーからしたらバッテリーを組みやすいんですか? それとも難しいんですか?

八重樫 安田さんとバッテリーを組むのは、すごくラクでしたよ。だって、ノーサインなんだから(笑)。でも、それは決して「ストレートが遅いからノーサインでも捕れる」という意味じゃないよ。安田さんのようなキレのあるボールは、たとえ130キロ台でも、150キロに感じられるスピードだったから。ただ、テンポがいいから受けていて楽しかったな。たまにサインを出すこともあったんだけど、それは全部、ウソのサイン(笑)。

——えっ、どういうことですか?

八重樫 ランナーが出たときに、走者をけん制するためにサインを出すふりはするけど、それはあくまでもポーズだけ(笑)。こっちから出すサインは、けん制のサインだけだったね。

【打たれた当事者が語る「王貞治756号の真実」】

——八重樫さんといえば、やっぱり鈴木康二朗さんを忘れてはいけません。

八重樫 鈴木さんの場合は球種も少なかったし、割とラクに受けることができたよ。真っ直ぐとシンカーが中心で、あとはカーブかな。フォークも投げたけど、それは晩年だったから。シンカーが決まるときは、本当にいいピッチングだったね。

——「鈴木・八重樫バッテリー」は、王さんに756号を喫したときのコンビです(笑)。755号を記録して、当時の世界記録756号が出るまでにちょっと時間がかかったんですよね。当初は「夏休み中に達成か?」という状況だったけど、結局は1977(昭和52)年9月3日、後楽園球場での達成となりました。

八重樫 そうそう、「あと一本」になってからが長かったんだよね。だから、最初は「次にうちと対戦するまでには決まっているだろう」と思っていたら、その直前にリーチをかけて、ヤクルトとの対戦で決まりそうになった。この日は第一打席がフォアボールで、球場中が「ウワーッ」って異様な雰囲気になったね(笑)。

——そして、運命の3回裏、第二打席を迎えます。

八重樫 このときもまたフルカウントになったんですよ。それで、また球場中が「ウォーッ」と異様な雰囲気に(笑)。このムードに鈴木さんも圧倒されたのかもしれないね。ヤジもすごかったけど、「そんなもの関係ねぇや」って、ゴロ狙いで投げたシンカーがスーッと甘いところに入って新記録達成……。


王貞治に756号ホームランを許し、首をかしげる鈴木康二朗(左) photo by Kyodo News

——八重樫さんは「歩かせてもいいや」という考えだったんですか?

八重樫 そう。その前のインサイドへのスライダーでファールになった。鈴木さんのスライダーは曲がりが小さいからカット気味なんです。それで、「決め球はシンカーだな」という考えだったんだけどね。

——新記録達成の瞬間、球場中は騒然としますよね。どんな心境で見ていたんですか?

八重樫 打たれた瞬間はやっぱり悔しいですよ。でも、少しずつ冷静になってきたら、王さんがセカンドを回るときに、ショートの水谷(新太郎)が帽子を取って、「おめでとうございます」って頭を下げたのが見えた。で、「オレはどうしようかな?」って迷ったんだよね。でも、打たれたのに頭を下げるのも変だし、バッテリーが祝福したらイカサマをしたみたいでしょ? だから、王さんがホームベースをきちんと踏むかどうかを確認するふりをしてうやむやにした(笑)。

——ホームイン後は祝福ムードもすごかったし、しばらくの間、なかなか球場の興奮が収まらなかったですよね。

八重樫 僕が今でも悔しいのが、その次の打者が張本(勲)さんだったんだけど、張本さんが打席に入るときに「八重樫、今日はお祭りだな」って言ったんですよ。だから「絶対に抑えてやる」と思っていたのに、初球をあっさりレフト前に運ばれた。あのヒットは今でも悔しいな(笑)。

——そんなエピソードがあったとは(笑)。さて、話をピッチャーに戻します。1970年代のエースは松岡さんでしたが、1980年代と言えば尾花高夫さんでした。暗黒の1980年代、ひとりで先発、中継ぎでも投げ、獅子奮迅の活躍を見せていました。尾花さんはどんなピッチャーでしたか?

八重樫 尾花はとにかく神経質。そして完璧主義者。あいつはストレートが二種類あるんです。普通のストレートと、ちょっと抜いたストレート。スライダーも縦と、横に曲がる二種類。カーブも大きく曲がるのと、小さく曲がる二種類。シュートも横に曲がるのと、ちょっと落ち気味の二種類。さらにフォークもある。これらを組み合わせて、必死に投げていたよね。

——球種としてはストレート、スライダー、カーブ、シュート、フォークの五種類ですが、フォーク以外はそれぞれ2パターンあるから、かなりの組み合わせになりますね。今でいうカットボールとかツーシームといった感じなんでしょうね。

八重樫 そうだね。尾花はアマチュア時代にトップになったことがないんだって。「エース経験がなくて、いつも二番手だった」って本人から聞いたことがあるけど、球種がなくて苦労したから、自分なりにいろいろ研究していろいろなボールを投げ分けていたんだよ。荒木(大輔)もそうだったけど、尾花も気持ちが強いピッチャーだったね。

(第8回につづく)

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