J2のピルロ? 山口・三幸秀稔、J1の名手に比肩する能力。浪人も経験・・・その数奇なキャリア【西部の目】

10月30日(火)10時40分 フットボールチャンネル

J2の「ピルロ」。現代サッカーでは希少な存在

日本代表は新体制発足後3連勝と最高のスタートを切った。新たな力も台頭する中、日本サッカー界にはまだまだ隠れた人材が多く存在する。レノファ山口の三幸秀稔もその一人だ。「止める・蹴る」の精度はJ2レベルを超越。現在はチームの主将も務めるが、様々な試練を乗り越えて今がある。(取材・文:西部謙司)

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 フィールドに「ピルロ」がいた。
 
 ディフェンスラインの前に立ち、ボールを預かっては短いパスで組み立て、ときには長いパスで敵の急所を刺す。アンドレア・ピルロに代表されるディープ・ライング・プレーメーカー、現代サッカーでは希少種だ。

 レノファ山口のキャプテン、三幸秀稔は希少種の1人である。

 プロ選手に「上手い選手」について聞くと、多くは「止める・蹴る」の能力だと言う。ワンタッチコントロール、インサイドキックといった基本中の基本ともいえる技術にこそ、絶対的な差が宿るということらしい。三幸は「止める・蹴る」に関して抜群といっていい。J1でも彼の水準にある選手は少ないと思う。インサイドキックはボールに対してきれいに直角に面を作る。ロングボールを蹴っても真っ直ぐにバックスピンがかかっている。ここまで癖のない球筋は珍しい。

 珍しいだけに見覚えがあった。本人に直接確認したら、やはりそうだった。三幸とは草サッカーで一緒にプレーしたことがあったのだ。彼から何本かパスをもらっていた。あまりにも受けやすい、きれいなパスだったので印象に残っていた。ただ、そのときは彼がプロ選手だとは認識しておらず、たぶん紹介はされていたのだが、他にも何人か元プロがいたので名前も覚えていなかった。ただ、球筋だけを覚えていた。

 50歳を過ぎたオッサンである私と、三幸のようなプレーヤーが同じチームで草サッカーをしていたのは不思議に思われるかもしれないが、そのときの三幸はプロというより元プロで失業中だった。JFAアカデミー福島の1期生、ヴァンフォーレ甲府で2シーズン、J3のSC相模原で1シーズン、その後に所属クラブがなくなりJリーグ合同トライアウトも受けている。草サッカーはちょうどそのころだった。

霜田正浩監督と三幸は一蓮托生

「彼のミスは私のミスです」

 山口の霜田正浩監督は三幸についてそう話していた。

「今日の戸田にミスはない」

 清水エスパルスを率いていたズドラヴコ・ゼムノビッチ監督が戸田和幸をDFからMFにコンバートした最初の試合、霜田監督と同じことを言っている。監督の判断で起用しているのだから選手にミスがあっても自分の責任だと。監督がそこまで1人の選手を庇うのは、その起用がリスキーだと監督自身が承知しているからだ。リスク承知でやっている、だからもし失敗しても選手のせいではない。

 つまり、監督は腹をくくっていて、その選手がチームにもたらすであろうことに首をかけている。霜田監督はチーム3年目の三幸をキャプテンまで任せた。本人は「キャプテンの器ではない」と言うが、こうなれば腹をくくるしかない。

「よく鬱病にならなかったと思います」(三幸)

 J3の相模原を退団し、「J3ではやらない」と決めてトライアウトに参加したが、契約は決まらなかった。JFAアカデミーで中高年代を過ごしたのだから、三幸はいわばエリート中のエリートである。それなのにトライアウトでも引っ掛からない。

「そのへんは何とも言えませんが、僕もプロになったときはイケイケだったので(笑)」

才能に見合う試練を乗り越えた

 2012年に甲府とプロ契約。その年の9月に右膝前十字靭帯を損傷、翌年に復帰するが契約更新はなく退団。2014年に相模原に入りJ3で28試合に出場。2015年に浪人生活。トライアウトでも行き先が決まらなかったのは、負傷のこともあるだろうが、三幸のプレースタイルも関係があるかもしれない。

 上手いのは確かだが、置き所が難しい。精巧なガラス細工のような選手なのだ。観賞用にはいいが、実用には向かず壊れやすい。ある意味、使う側に覚悟が要求される。

 それでも周囲の助けもあって2016年に現在の山口と契約、36試合にプレーした。2017年は左足側幅靭帯損傷で2ヶ月間の離脱、チームも低迷した。ただ、幸いにもやって来た霜田監督は覚悟のある人だった。

「いろいろなことがあって、そのぶん強くなった」(三幸)

 アカデミーを出た後の「イケイケ」とは、たぶん調子にのっていたということだろう。才能に胡座をかいていたのだろうか。今の三幸は、ある意味才能に見合う試練を乗り越えたことで成長を遂げている。

 依然として、このタイプを中盤の底に起用するリスクはある。そうでなければ、現代サッカーでもフランツ・ベッケンバウアーやギュンター・ネッツァーは絶滅種にはなっていない。三幸も時代に適応する必要はある。

「監督からはパス成功率100パーセントを狙えと言われています」(三幸)

 現代にもトニ・クロースはいる、ピルロもいた。100パーセントのプレーヤーなら、必ず生き残れる。

(取材・文:西部謙司)

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