沢村賞該当者なし、金田正一氏が語った「先発完投」への思い

10月30日(水)7時0分 NEWSポストセブン

400勝投手は沢村賞を3度受賞した

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 プロ野球で、そのシーズンに最も活躍した先発完投型の投手に贈られる「沢村賞」が、19年ぶりに「該当者なし」と決まった。セットアッパー、クローザーなど投手の“分業制”が進んだ結果ともいえるが、前人未到の400勝、そして365完投という記録を残し、10月6日に86歳で亡くなった金田正一氏は生前、週刊ポスト記者にそうした潮流への危惧、そして自身の「先発完投」への思いを語っていた。


 10月21日に開かれた沢村賞の選考会後、堀内恒夫・選考委員長は「賞のレベルをこれ以上、下げたくない。完投しなくてもいいとなると、沢村さんの名前に傷をつけてしまう」と見送りの理由を説明した。


 今回、最終候補に残ったのは各リーグで最多勝に輝いた巨人・山口俊(15勝、防御率2.91)と日本ハム・有原航平(15勝、防御率2.46)。選考基準7項目のうち、勝利数、奪三振など4項目はクリアしたが、投球回数や完投数など3項目で基準に到達しなかった。


「分業制が進むなど、野球のシステムが変わって先発完投がほとんどなくなった」と堀内委員長が評した通り、山口は完投ゼロ、有原は1試合だけだった。


 国鉄、巨人で活躍した400勝投手の故・金田正一氏は沢村賞に3度輝いたが、生前、記者にこう語っていた。


「今の若い選手はどんな目標を持って野球をしとるんじゃろうな。投手として憧れのプロに入れたのならば、まずは先発完投を目指すと思うがな。若い頃のワシはスタルヒン(元巨人ほか)のシーズン38完投(1939年)を目指していたよ」


 実際、金田氏はプロ6年目の1955年にシーズン34完投の記録を残している。


「ワシの頭には『交代』の文字はなかった。監督がマウンドに来ると“何しに来たんじゃ!”と追い返した。今の選手は交代を告げられると喜んで帰っていく。勝ち星より防御率を気にする選手がいるが、何のために投げているのかと思う。防御率が悪くても勝てばいい。どんなに防御率がよくても負けたら意味がない。ピッチャーは勝ち星を挙げるために投げているということがわかっていない。同点で降板するピッチャーの気持ちが分からんよ」


 この話を聞いたのは昨年のオフだったが、そんな金田氏のお眼鏡にかなうピッチャーを聞くと、こう続けるのだった。


「うーん、最近は記録どころか、記憶にも残らない選手ばかりだからな。諸悪の根源は、先発、中継ぎ、抑えと分業制が確立されたことに尽きる。なぜワシが400勝できたかというと、後ろのピッチャーなんて信用しなかったからじゃよ。


 それでもあえて今の球界で最もワシに近い存在を挙げるなら、分業制の中で先発完投を増やしている巨人の菅野智之かな(2018年シーズンは15勝8敗、10完投で沢村賞)。最後まで誰にもマウンドを譲らんという気概を感じるのよ。技術面でいえば、左バッターの外角からストライクゾーンに入るスライダー。あれに手を出せるバッターはそうそうおらん。狙ったところに投げる能力は、ワシより上だと思うことすらあるよ。


 ただ、菅野はコントロールを駆使して抑えるが、ワシの場合はど真ん中に投げたって打たれなかった。水面に投げた石がぽんぽん跳ねるようなイメージで、空気を滑って伸びたからな。ど真ん中に投げたストレートが高めにググーッとホップして、5センチ外れたボールだといわれて、審判と大喧嘩になって退場をくらったこともあった」


◆リリーフ投手と「名球会」


 そして、「あんな球を投げられるピッチャーは二度と出てこんよ」と豪快に笑って話にオチをつけるのだった。


 他にも金田氏は「あの試合に完投していたら歴史が変わっていた」と、こんなエピソードを披露してくれたことがある。


「ワシも晩年は力が衰えていた。そのため(1969年に)399勝になった時点で、(監督の)川上(哲治)さんから“リードしている試合は4回で先発は降板し、そのあとは金田がリリーフのマウンドに行く”と通達されていた。これで城之内(邦雄)をリリーフして400勝を達成した。だが、そのあとで401勝になりそうになったことがあった。ワシが勝ち投手の権利がある状態でマウンドを降り、宮田(征典)がリリーフに出て行って負けた。それで400勝で終わった。やはり他人は信じてはいけないのよ」


 金田氏は「先発完投」の極意をこんなふうに表現していた。


「ワシはランナーが出るまで真剣に投げたことがない。疲れるからな。球種もカーブとストレートしか投げなかった。だからサインもワシがキャッチャーに出していた。ワシが口を開けばカーブ、閉じたらストレートだったかな。省エネ野球だよ。


 風も利用した。キャッチャー方向から風が吹くアゲンストの中で投げると、変化球の曲がりが大きくてバッターは全く打てなかった。アゲンストでないと球の回転がいかされない。ワシは球の回転で投げるタイプだ。だからアゲンストの日は打たれる気がしなかった。ドーム野球ではわからない感覚だと思う」


 金田氏が、長嶋茂雄氏、王貞治氏とともに1978年に創設した名球会だが、当初の入会条件は「投手なら200勝、打者なら2000本安打」だった。これが投手分業制の登場を受け、2003年に条件が変わった。「250セーブ」が加わったのだ。


「『250セーブ』も入会条件に付け加えたが、長嶋が大反対した。時代に合った数字ということで認めたが、やはり長嶋の考えが正しかった。佐々木(主浩)のように日米で活躍することで記憶に残る選手もいるが、やはり勝ち星と先発完投が投手としての勲章。打者も数字だけでなく記憶に残る選手を目指さないといけない。多くのスポーツが台頭しているだけに、プロ野球全体が取り組まなければいけないことだ」


 そうプロ野球の将来を危惧していた。今季の「沢村賞『該当者なし』」の一報を金田氏が聞いていたら、どう嘆いていただろうか。

NEWSポストセブン

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