斎藤佑樹から満塁弾、激闘の決勝…アストロズ4人の話題は日本の思い出

11月3日(日)6時20分 Sportiva

 ワシントン・ナショナルズに敗れ、惜しくも2年ぶりのワールドシリーズ制覇を逃したヒューストン・アストロズ。じつはこのなかに、日本に馴染みのある選手が4人いる。

 2017年にアストロズの主力としてチームを初のワールドチャンピオンに導き、ダルビッシュ有(当時・ドジャース)からの2ランホームランを含む5本塁打を放ち、MVPに輝いたジョージ・スプリンガー。2011年にドラフト1巡目(全体8番目)で入団したが、その前年に初めて日本で開催された世界大学野球選手権のアメリカ代表の外野手として来日し、日本代表と対戦した。


9年前の世界大学野球選手権で斎藤佑樹から満塁本塁打を放ったジョージ・スプリンガー

 日本とアメリカが顔を合わせたのは、横浜スタジアムでの準決勝だった。1回表に日本に1点を先制されるも、その裏、日本先発の斎藤佑樹(当時・早稲田大/現・日本ハム)を攻めて一死満塁のチャンスをつくると、打席には5番のスプリンガーが入った。斎藤が投じた初球の変化球を叩くと、打球はレフトスタンドへ吸い込まれていった。

 あの日からすでに9年が経ち、スプリンガーも2014年のメジャーデビューからプレーオフも含めて180本近い本塁打を放っているが、日本で放った一発は昨日のことのようにはっきりと覚えている。

「初球のスプリットでしたね。自分の家の庭で遊んでいるとき以外では、人生初の満塁ホームランでした。相手のサイトウというピッチャーはすごく注目を集めていたのを覚えているし、日本のエースだと言われていました。そんなピッチャーからホームランを打てて最高の思い出になりましたが、ユニフォームの胸にアメリカの国旗がついていたので、喜びよりも名誉に思いました」

 興奮していた理由は、満塁ホームランを放ったからだけではない。東海岸にあるコネチカット州出身のスプリンガーは、この時、初めてアメリカを東西に分けるミシシッピ川を越えたという。

「イリノイ州よりも西に行ったことがなかったので、本当に貴重な経験でした。日本は大好きですし、奥さんを連れてもう一度行きたいと思います。たくさん写真を撮ったし……いま思うと恥ずかしい話ですが、記念のためにホテルからスリッパを持って帰りました。それほど日本での経験を忘れたくなかった。今でも見るたびに、あの時のことを思い出します」

 じつは、持ち帰ったスリッパを見なくても、9年前の日本での経験を思い出す理由がある。

 スプリンガーの一発で日本に勝利したアメリカは、決勝戦でキューバと対戦。その決勝戦でアメリカの先発を任されたのが、現在、アストロズのエース3本柱のひとりであるゲリット・コールで、相手のキューバには、アストロズの主軸であるユリ・グリエルと、控え野手のアレドミス・ディアスがいた。

 神宮球場で行なわれた決勝戦は、7回まで0−0の投手戦が続いたが、8回表にアメリカがソロホームランで先制。しかしその裏、キューバは福岡ソフトバンクホークスで活躍中のアルフレド・デスパイネが同点ホームランをライトスタンドに運んだ。

 試合は1−1のまま延長戦に突入し、10回表、アメリカが2点を勝ち越すが、直後の10回裏、一死一、三塁でまたしてもデスパイネが、今後はレフトを守るスプリンガーの頭上を越える一発で、キューバが劇的な逆転勝利で優勝を飾った。

 その後、4人はそれぞれ別々の道に進んだ。

 スプリンガーは、すでに記述した通り、2011年にMLBドラフト1巡目(全体8番目)でアストロズから指名され、2014年にメジャーデビューを果たした。

 グリエルはキューバ政府のスポーツ振興制度で、2014年にNPBの横浜DeNAベイスターズに入団。62試合に出場して打率.30511本塁打、30打点の成績を残したが、わずか1年で退団。その後、ハイチへ亡命し、2016年7月にアマチュア・フリーエージェントとしてアストロズと5年契約を結んだ。

 コールは2018年のシーズン前に、ピッツバーグ・パイレーツとのトレードでアストロズにやってきた。また、ディアスは今シーズンが始まる前、トロント・ブルージェイズとのトレードでアストロズに入団した。

 まったく違う道を歩いていた4人だったが、奇しくも今年、全員が同じユニフォームを着て戦っている。久しぶりに顔を合わせ、9年前の決勝戦の記憶が大きくよみがえったという。

 ディアスは笑顔でこう語る。

「ゲリットかジョージから気に入らないことをされると、必ず『(グリエルと)オレらは世界一になったぞ』とよく言います」

 コールが続ける。

「たしかに、今でも挑発されることがあるけどね(笑)。本当に、4人で話している時に世界大学野球選手権の話はよく出ます。私はもちろんだけど、みんなにとっても最高の経験だったと思います」

 コールに何が印象に残っているかと聞くと、こう答えた。

「ファンの温かさが忘れられません。すごくいっぱい声援をもらいましたし、スコアボードの球速表示に98(マイル/約158キロ)が出たら、『ウォー!』って大きな拍手をもらい、本当に感動しました。東京も大好きになりましたし、また寿司も食べたい。僕にとっては最高の経験でした」

 いまやメジャーを代表する選手になった4人だが、まだアマチュア選手だった9年前の記憶は今も色褪せることはない。

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