59歳の伝説的老兵、初代WTCR王者ガブリエル・タルキーニが現役引退を表明「本当に長い物語だった」

2021年11月6日(土)11時0分 AUTOSPORT web

 2021年もWTCR世界ツーリングカー・カップに参戦中のガブリエル・タルキーニが、11月5日に今季限りでの現役引退を表明し、F1参戦を経てツーリングカーの世界で数々のタイトルを獲得した、長く成功を収めたレースキャリアを締めくくることを決意した。


 イタリア出身で現在59歳のタルキーニは、1983年に国内F3選手権で頭角を現すと1987年には当時のオゼッラ・スクアドラコルセからF1に昇格。その後、コローニやフォンドメタルなどを渡り歩いたが、マシンの戦闘力不足により満足な戦績を残すことが出来ず、ツーリングカー・シーンに活動の場を求めた。


 このF1参戦中にアルファコルセとの信頼関係を築いたタルキーニは、当時のBTCCイギリス・ツーリングカー選手権に参戦していたアルファロメオのシートを獲得すると、1994年には名機『155』で初のドライバーズチャンピオンを獲得。同チームで仕事をしていた現JAS Motorsport代表のアレッサンドロ・マリアーニの推挙もあり、BTCCではホンダ・アコードなどもドライブした。


 このスーパーツーリング規定が発展を遂げる過程でETCC(European Touring Car Championship)へと進出した”ツーリングカー・マイスター”は、2003年にも再びアルファロメオで欧州タイトルを獲得すると、同選手権は2005年に世界選手権化されWTCC(世界ツーリングカー選手権)が発足。


 1年後にアルファからスペインのセアトへ移籍したタルキーニは、2009年にディーゼル搭載のレオンTDIで初の世界チャンピオンに登り詰め、2013年に”古巣”ホンダへの復帰後も含め通算3度のランキング2位を記録した。


 そしてTCR規定ツーリングカーへの移行に併せ、WTCRへと変貌を遂げたカップ戦に向けては心機一転ヒュンダイ・モータースポーツに加入。2017年を通じてi30 N TCRの開発ドライバーとして作業を重ね、翌2018年には満を持してレギュラー参戦し、手塩にかけて育ててきたマシンで見事に2度目のワールドチャンピオンに輝いた。


 2021年現在もWTCRのトップドライバーに君臨する老兵は、スペインでの第3戦モーターランド・アラゴンで勝利を挙げ、FIAの選手権で最年長優勝ドライバーの記録を更新。しかし、この週末となる11月6〜7日に故郷イタリアで開催される第7戦アドリア・インターナショナル・レースウェイでの1戦を前に、その輝かしいキャリアに終止符を打つとアナウンスした。


「これはドライバーがそのキャリアを開始した時点で、誰もが考えもしない日だ。しかし、ついに立ち止まる刻が来たようだ。私は今シーズンの終わりで引退することを決めたよ」と語ったタルキーニ。


「これは長い長い物語で、数多くのメーカーと信じられないほど素晴らしい経験をし、ともに信頼関係を築くことが出来た。その過程で多くの友人を作り、全員の名前を覚えられないほど多くの人々が私のキャリアを助け、支えてくれたんだ」と感謝の言葉を続けるタルキーニ。


「もちろん悲しい日だが、アラゴンで勝利した後にはその考えが浮かび、シーズン半ばには決断を下し『これが私の最後のシーズンになる』と決めたんだ。いつも来季のことを考えてきたから少し奇妙な感じだが、今は少し休憩して私と私の家族のことを考えたい。そしてこの5年間、特別な関係を築いてきたヒュンダイの仲間のことも考え、最善の決断をしたいと思ったんだ」

2009年にはセアト・レオンTDIで自身初のワールドチャンピオンを獲得。2008年、2010年にもランキング2位となった

2012年には旧知のJASに戻り、ホンダ・シビックWTCCの開発に従事。2013年からTC1規定の2015年までともに戦った

2017年からヒュンダイ・モータースポーツに加入し、新型i30 N TCRの開発ドライバーを務める


 今回、フルタイムのチャンピオンシップドライバーとしては、その活動から退く決断をしたタルキーニだが、今後も何らかの形で”ステアリングを握る”可能性については、含みを持たせる言葉を残した。


「モータースポーツに関して、何らかベストな形で貢献できる方法はないかと考えている。それはまるで麻薬のようなもので、私自身も完全にドライブを止めたくはないし、これまでの100からいきなり0(ゼロ)へ完全に移行するのは不可能なことだからね」と続けるタルキーニ。


「多分、私は今後もいくつかのレースと、テストの業務を担うことになるだろう。でも、再び完全なチャンピオンシップに戻ることはない。私自身、まだドライバーとして競争力を備えていると感じるし、ヘルメットの中ではつねに笑みを浮かべてる。レースで感じるアドレナリンが恋しいことはわかっているが、すべてのストーリーには始まりと終わりがあるからね」


「何も後悔はないし、キャリア晩年でも充実してやりがいのある仕事ができた。2009年と2018年、ふたつの世界タイトルは同世代がすべて引退した後に獲得したものだ。今でもレースに勝つことが出来、野心もなくリラックスしていて、ここ数年は本当に楽しかった」


「改めて考えても、私の物語は本当に”アンビリーバブル”だった。ここイタリアでのホームレースを前に、そのストーリーが終わりに近づいていることを発表するのは、とてもふさわしい瞬間だと感じているんだ」


 2013年のWTCC参戦当時は、JAS MotorsportでシビックWTCCのチーフデザイナーとして働き、その後はヒュンダイ移籍と同時にタルキーニの手腕を頼って新型マシンの開発を託した現ヒュンダイ・モータースポーツ代表のアンドレア・アダモは、その引退に際し「彼が我々にどれほどの影響を与えたか、言葉で表現することは不可能だ」と最大級の賛辞と感謝の言葉を贈った。


「ヒュンダイi30 N TCRプロジェクトの2日目から、彼は開発作業の主軸として獅子奮迅の働きで貢献してくれた。そしてTCRでのヒュンダイ初優勝から2018年のワールドタイトル獲得……個人として彼への友情と熱意、仕事を分けて考えるのは難しい」と続けるアダモ代表。


「サーキットで彼に会わないのは不思議だろうね。私は1994年、まだ24歳のときにガブリエレと仕事を始めたんだ。私の時間と人生、そのほとんどを共有してきた数少ない人物のひとりだ。今後、我々の関係がどのように機能するかについて話し合っているが、今日は彼の素晴らしいキャリアを祝い、コクピット外で彼の次の冒険がどう展開するのかを楽しみにしたいと思う」

翌年には自らのドライブでその愛機とWTCRに参戦し、初代ドライバーズチャンピオンを獲得した

JASからヒュンダイと、つねにタルキーニに全幅の信頼を寄せてきた現ヒュンダイ・モータースポーツ代表のアンドレア・アダモ(左)

そのアダモと抱き合うタルキーニ。今後も貴重なアドバイザー兼テスターとして、仕事を続ける可能性が高そうだ

AUTOSPORT web

「WTC」をもっと詳しく

「WTC」のニュース

「WTC」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ