17年以上ストラスブールの全試合を現地観戦した猛者、733試合で皆勤途切れる…コロナ影響

11月7日(土)0時52分 サッカーキング

ストラスブール [写真]=Getty Images

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 GK川島永嗣が所属するストラスブール(フランス1部)を応援する名物サポーターのとある記録が途切れてしまった。3日、フランス紙『レキップ』が伝えている。

 2001年からストラスブールを応援しているというグレゴリー・ヴァルターさんは、2003年2月5日に行われたモンペリエ戦(●1−2)から、ホームもアウェイも問わず、ストラスブールの全試合を現地で欠かさず観戦してきた。

 だが、フランスでは先日、新型コロナウイルスの再流行を受けて政府が2度目となるロックダウン(都市封鎖)を指示。この影響で、フランスサッカー連盟(FFF)は3部以上のリーグについては無観客試合で続行する措置を取った。このため、2020年11月1日に行われたスタッド・ランス戦(●1−2)では、ヴァルターさんがスタジアムに入場することは叶わず。ヴァルターさんの皆勤記録は、17年と8カ月24日間(=6479日間)、733試合で途切れることになってしまった。

 ヴァルターさんが応援を続けてきた17年間、ストラスブールは天国も地獄も味わった。2004−05シーズンにクープ・ドゥ・ラ・リーグ(リーグ杯)を制したストラスブールは、翌05−06シーズンのUEFAカップ(ヨーロッパリーグ/ELの前身大会)で健闘。グラーツァーAK(オーストリア)やローマ(イタリア)、リテックス・ロヴェチ(ブルガリア)、バーゼル(スイス)とアウェイで戦い、ベスト16進出を果たした。

 だが、2005−06シーズンはリーグで振るわず2部に降格。1年で1部復帰を果たしたものの、07−08シーズンは第2次世界大戦以降のリーグ・アンでは最悪の記録となる11連敗を喫するなど苦戦し、1年で2部に戻ることになってしまった。さらに09−10シーズンのリーグ・ドゥでは最終節で全国選手権(3部)への降格が決定。翌10−11シーズンは4位で3部を終えたものの、クラブは2011年夏に破産を申請し、当時の5部だったアマチュア選手権2へと降格してしまった。

 2012年に現在の『ラシン・クルブ・ドゥ・ストラスブール・アルザス』へと名称を変更したクラブは、11−12シーズンに5部、12−13シーズンに4部を連続で優勝して3部に復帰。2016年に2部復帰を決め、6年ぶりとなるプロリーグの舞台に戻ってきた。翌2017年に9年ぶりとなる1部復帰を果たし、2018−19シーズンにはリーグ杯を掲げた。予選2回戦から参加した19−20シーズンのELは、マッカビ・ハイファ(イスラエル)とロコモティフ・プロヴディフ(ブルガリア)を破ったものの、フランクフルト(ドイツ)にプレーオフで敗れて本戦出場とはならなかった。

 ヴァルターさんは愛するクラブがどんな困難な状況に立たされようとも決して見限らず、自身が結婚し、2人の子どもを授かった後も欠かさず現地で観戦してきた。ストラスブールはフランス北東部のドイツとの国境に位置しており、対極のボルドーやコルス島のアジャクシオなどとのアウェイ戦は移動に相当骨が折れる。それでも、ヴァルターさんはまだ小さい子どもたちを連れて何度かアウェイ戦を観戦したこともあるという。過去のインタビューではベビーカーを連れて試合を観戦する難しさなどを語りつつも、「2週に1回、旅行に行っているようものだね」と冗談交じりに答えていた。

 そんななか、未曾有の事態によって記録がついに途切れてしまったヴァルターさんは、自身のSNSを通じて次のようにコメントしている。

「『この連続記録が途切れる原因があるとしたら、一体なんだろう』とはよく考えていましたが、世界的なパンデミックになるとは思いもよりませんでした。小さい方の子どもが4歳の誕生日を迎え、私生活の面にも力を入れなければならなかったので、片方の面では良い方向に転がったと言えます。この冒険の一部を共有してくれた多くの人々、特に記録を続けるため私に手を差し伸べてくれた全ての人々に想いを馳せています。また、全ての試合を私とともに観戦し、多くの犠牲を払ってきた妻アナイスにも感謝したい。そしてもちろん、Allez Racing!」

サッカーキング

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