岡ちゃんがJに帰ってくる FC今治がJ3昇格決定

11月10日(日)15時1分 日刊スポーツ

笑顔を見せるFC今治の岡田オーナー(2017年7月18日撮影)

写真を拡大


<JFL:FC今治1−0FCマルヤス岡崎FC>◇第27節◇10日◇夢スタ

岡ちゃんがJに帰ってくる! サッカー元日本代表監督の岡田武史氏(63)がオーナーを務めるFC今治が来季のJ3昇格(Jリーグ入会)を決めた。
FC今治がFCマルヤス岡崎に勝ち、5位ホンダロックと6位ヴィアティン三重が引き分け以下に終われば、昇格の成績要件となる年間4位以内、かつ百年構想クラブの上位2クラブ以内が確定。その条件下、今治は前半に元日本代表MF橋本英郎が先制したゴールを守り切って1−0。ホンダロックと三重が引き分けたため、本拠ありがとうサービス.夢スタジアムで地元ファンと歓喜を分かち合えた。
いち地方クラブから、まず最初の目標Jリーグに到達した。14年10月、当時四国リーグだったFC今治の運営会社「今治.夢スポーツ」の株式51%を取得。過去2度のW杯を指揮した指導者から経営者に転じ、25年のJ1優勝を目標に掲げた。日本人の特徴、組織力を最大化する「岡田メソッド」の構築と落とし込みを進めるとともに、オーナーとして目を通すものは相手チームの分析映像からPL(損益計算書)などに変わった。
16年には日本協会の副会長も兼ねながら、今治の四国リーグ2連覇と全国地域チャンピオンズリーグ優勝=JFL昇格と駆け上がっていく。しかし、初の全国リーグで苦しんだ。日本の4部相当リーグとはいえ、今年の天皇杯で浦和を破ったHonda FCなどアマチュアの強豪や、自身の威光に発奮して今治相手には100%以上の力を出してくる相手に苦戦。初年度の17年は年間6位で2年目の昨年も5位に泣いた。昇格条件の4位まで、あと1歩だった。
特に昨年の昇格失敗はこたえた。協会副会長を退任して監督業に必要なS級ライセンスも返上。オーナー業に専念し、中国事業の拡大やスポンサー獲得に奔走した中で、届かなかった。成績が伸び悩んだ昨夏には苦渋の決断もあった。今治市内で寝食をともにしてきた盟友の吉武博文元監督(元U−17日本代表監督)を事実上の解任。「吉武は独特な目と素晴らしい才能の持ち主だった。俺と吉武の2人が一緒になれば、すごいことになると思ってシェアハウスもして頑張ってきたが」と鬼になり、今年はJ1広島監督や協会の技術委員長を歴任した小野剛氏を監督に。「今年、上がれなかったら大変なことになる」と懸けていた。
5年かかった。想定より「1年、多かった」と思い通りにはいかなかったが、コーチ10人+スタッフ6人で始めたクラブは現在55人まで拡大した。10年W杯南アフリカ大会で日本を16強に導いた男は、指導者の時は「いつでも辞めてやる」覚悟だったが、今は「全社員の家族を食わせる義務がある。絶対に投げ出せない」。限られた予算の中で勝負の今季は補強にも力を入れた。元日本代表DFの駒野やこの日「昇格弾」の橋本らを、その「本気度」で口説いて集め、夢に巻き込んだ。
今後はJリーグ理事会の承認をへてJ3昇格が正式決定する。22年にはJ2基準を満たした新スタジアムを今治市内に建設するプランも進行させている。J1優勝と日本代表選手の輩出−。しがらみある既存クラブではなく、あえて地方で一からスタートした。横浜監督時代のJ1で2連覇するなど思い入れあるJリーグ。来季、ついに岡田武史が舞い戻る。
◆FC今治◆ 1976年(昭51)に「大西サッカークラブ」として設立。数度の名称変更をへて09〜11年は愛媛の下部組織「愛媛FCしまなみ」として活動。12年度の天皇杯2回戦で広島を破った。14年11月に岡田氏がクラブ運営会社の株式の51%を取得。ホームは17年完成、専用のありがとうサービス夢スタジアム

日刊スポーツ

「J3」をもっと詳しく

「J3」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ