萩野「五輪も朝決勝なので」予選から100%の泳ぎで基準タイム突破 右肩痛のアクシデント乗り越え

11月10日(日)15時48分 スポーツニッポン

200メートル個人メドレーで優勝した萩野(中央)

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 競泳の日本社会人選手権の最終日が10日、静岡富士水泳場で行われ、男子200メートル個人メドレー予選で萩野公介(25=ブリヂストン)が1分58秒73の記録を出し、代表候補入りの基準タイムを0秒50上回った。決勝では1分59秒23とタイムを落としながらも優勝。モチベーション低下などを理由に一時競技を離れて練習再開後も低迷を続けてきたが、東京五輪に向けて復活の1歩を記した。

 決戦前夜。萩野は目先の基準タイム突破だけでなく、東京五輪を頭に入れていた。「五輪も朝決勝なので、朝からできなきゃ意味がない」。午前の予選から100%の泳ぎをする決意を固めて就寝。当日は入念にアップを行い、予選の飛び込み台に上がった。第1泳法のバタフライから飛び出し、1分58秒73でフィニッシュ。代表候補入りの基準タイムを0秒50上回った。午後の決勝ではタイムを落としたが「(基準タイムを突破して)ホッとしています。決勝でタイムが上がらなかったので悔しいが、アベレージとしては悪くない。悲観的になる必要のない内容。これから前を向けるエネルギーを得られた」と手応えを口にした。

 トラブルを乗り越えた。今月初旬に右肩に痛みを発症。「無理して泳げなくなるのは嫌だったので、本当に痛くなる前に休ませてもらった」と4日間程度は休養に充てた。精神的に不安定になりかねない状況だったが「集中力を切らさなければ大丈夫と思い、焦らずにやった」と復帰後は1本1本の練習に集中。「休みながら、ここに向けて調整してきたが、万全ではない中で集中して泳いできた」と自信を持って大会を迎えていた。

 モチベーション低下を理由に一時競技を離れ、8月のW杯東京大会で約半年ぶりにレース復帰。9月の茨城国体で基準記録突破を目指したが、届かなかった。今大会が基準タイム切りに挑戦できる年内最後の大会。この種目で突破できなければ、東京五輪の代表選考会となる来年4月の日本選手権まで代表候補に入れない崖っぷちの状況だった。ラストチャンスで結果を出し、今後は代表合宿への参加が可能となり、国立スポーツ科学センターなどの施設も利用する権利も得た。

 次戦は東京都オープン(21〜24日、辰巳)に出場予定で「基準タイム突破で1つ階段を上れたと思う。東京都オープンでは今回のタイムを超えられるように全力で頑張りたい。もちろん今回も7秒台ぐらい出したかったし、6秒、5秒、その次に4秒がある。世界記録は4秒0(1分54秒00)で、五輪の決勝ではそれぐらいのタイムを出さないと勝てない。このタイムで言うのはおかしいかもしれないが、それにむけて今からできる準備を1日1日100%やっていきたい」と視線を上げた。不振に喘いでいたエースが、朧気(おぼろげ)ながらも再び世界の頂点を視界に入れ始めた。

スポーツニッポン

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