吉田義男氏と両陛下の「ご縁」涙浮かべ思い出を回想

11月11日(月)7時2分 日刊スポーツ

70年ロッテ対巨人の日本シリーズで吉田義男氏はグラブ持参で現天皇陛下に野球解説をする。左端はロッテ中村長芳オーナー(吉田義男氏提供)

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プロ野球の阪神で遊撃手として活躍し、監督も務めた吉田義男氏(86=日刊スポーツ客員評論家)が、天皇、皇后両陛下の即位を披露するパレード「祝賀御列(おんれつ)の儀」にテレビで接し、祝意を述べるとともに、おふたりとお会いした運命的な「ご縁」を懐かしんだ。
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吉田氏はプロ・アマ問わず野球界において、天皇、皇后両陛下と関わった数少ない人物といえる。パレードをテレビで見た球界のレジェンドは「おなつかしいです」とメガネの奥を光らせた。
「心のなかで万歳をしました。感慨深い。わたしにとって、新天皇、皇后両陛下のおふたりとお会いすることができたのは、この上ない幸運、もはや限られた人生ですが、いつまでも忘れることのない大切な思い出です」
現役時代に守備の名人で“牛若丸”の異名をとった吉田氏は、現役から引退した翌年の1970年(昭45)の日本シリーズ、ロッテ−巨人(東京スタジアム)で、浩宮さまの野球観戦で解説を仰せつかった。
「非常に野球がお好きなご様子で、隣で『ファウルボールよ、飛んでこい! 飛んでこい!』とはしゃいでおられた。わたしが前もってグラブを持参するように言われたのは、打球がバックネットを越えてくるかもしれないので、その時は捕球するようにとの説明でした。ショートを守っているよりも緊張しました」
翌71年巨人−阪急(後楽園)の日本シリーズでも説明役を務める吉田氏は「天真らんまん、ご活発で、入江相政侍従長に冗談をおっしゃると、入江さんも見守るように優しく接していらした。ご学友も一緒でリーダーシップをとられていたのが印象的でした」と振り返った。
吉田氏は85年阪神監督としてリーグ優勝、日本一を遂げた後、フランスナショナルチーム監督に就く。89年欧州クラブ選手権でロンドン遠征の際、ムッシュと称された同氏がフランス選手らと市内のピカデリーを散策していると、日本人の青年男女に「吉田さんですね?」と声を掛けられる。
その一行は、日本の外務省の在外研究生で、気軽にシャッターに納まって談笑した。その中にいたのが後に浩宮さまと婚約する小和田雅子さんだったのだ。
「親切で純真な方だったので、雅子さまのことも鮮明に覚えています。野球発展途上国のパリに野球の指導にきたのが珍しかったのか、会話が弾んで盛り上がりました。後でおきさき候補と知って驚きました」
後日、皇后になる雅子さんから、英オックスフォード大で勉強する近況をつづった手紙がパリの自宅に届いた。「数々の花が一面に咲いて、大変美しい季節です」と達筆な文面だった。
吉田氏は59年、昭和天皇、香淳皇后がご臨席したプロ野球初の巨人−阪神の天覧試合(後楽園)に「1番遊撃」で出場。昨年8月5日の第100回全国高校野球選手権記念大会では、即位前の皇太子ご夫妻が甲子園球場で開会式に出席した日も駆けつけて遠めで見守った。
吉田氏は「天皇陛下としてご立派にご成長されてなによりです。あでやかな新皇后の姿にも感激しました。いつかまた天覧試合が実現し、野球が国民的スポーツとして永遠であってほしい。新時代を切り開いていかれるおふたりとともに歩む我が国が平和で在り続けることを願います」と語った。【寺尾博和】

日刊スポーツ

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