サポーター文化に新風を吹き込んだJFLクリアソン新宿の挑戦
2024年11月12日(火)16時0分 FOOTBALL TRIBE
11月11日、JFL(日本フットボールリーグ)第28節が行われ、15位のクリアソン新宿が“ホーム”国立競技場に12位のアトレチコ鈴鹿を迎えた。クリアソン新宿は0-3で破れ降格圏脱出はならなかったが、このままの順位でリーグ戦が終わったとしても、現在開催中の全国地域サッカーチャンピオンズリーグ(地域CL)の2位チームとの入れ替え戦に回ることになり、JFL残留の可能性は十分に残されている。
クリアソン新宿にとって、6月7日の第11節ティアモ枚方戦(1-4で敗戦)以来となる国立競技場開催のホームゲーム。カズこと三浦知良を擁する鈴鹿(カズはベンチ外)を迎えて開催された同試合の様子を、クラブ史や特徴的な試みと合わせて紹介したい。
クリアソン新宿の現在地
東京都新宿区を本拠地とするクリアソン新宿。その歴史は2005年、大学体育会生向けを中心としたキャリア支援事業や人事コンサルティング、スポーツ・アスリートを通じたイベント・研修事業をも行う「株式会社Criacao」の代表取締役社長を務める丸山和大氏が立教大学4年次に、サッカー同好会として立ち上げたクラブが基となっている。
伊藤忠商事に就職した丸山氏が、「Jリーガーになれなかった社会人が本気でサッカーを続ける場を作りたい」という動機で結成され、2009年に東京都社会人リーグに参入し、2013年には法人化。徐々にカテゴリーを上げ、2022シーズンからJFLに参入。初年度は15位、翌2023シーズンは11位となった。
そして今2024シーズンは、第27節終了時点で15位と厳しい戦いを強いられているが、例え最下位の16位に終わったとしても、ソニー仙台の解散によって地域リーグへの自動降格とはならず、全国地域サッカーチャンピオンズリーグ(地域CL)2位クラブとの入れ替え戦を戦うことになる。
クラブの誕生から現在に至るまで歩んできた道は平坦ではないが、社長の丸山氏は、単なる一サッカークラブとしての位置付けを良しとせず、地域コミュニティーとの交流を徹底し、サッカー教室の開催や清掃活動への参加など幅広い社会貢献活動を積極的に行うことで、ホームタウンである新宿の活性化に寄与している。
サポーターは単なるファンとしてではなく「共に地域を盛り上げる仲間」としてクラブと関わっているのだ。ホームスタジアムを持たないながらも「特例」としてJ3ライセンスを付与されたのも、こうした活動が認められた結果とも言えるだろう。
試合前には「応援レクチャー」
そして11日に国立競技場で開催された鈴鹿戦。Jリーグ好きであれば、ユニフォームや場内の広告ビジョンを見て、どんなスポンサーが付いているのかも気になるもの。
クリアソン新宿の場合、胸スポンサーには新宿に本社を構える不動産販売事業のアセットリードをメインに、背中には新宿に本店がある伊勢丹百貨店のロゴが入り、他にもパートナー企業として京王百貨店や新宿髙島屋、丸井、ルミネエストといった新宿を代表するデパート、新宿に本店を構えレトロなCMが印象的な菓子メーカーの文明堂などが広告を掲出し、地域密着型クラブとして新宿の地にしっかりと根を張っていることを印象付けられる。
他クラブにはない特徴として、応援をクラブ主導で行い、応援コールの文言やタイミングまで示している。試合前には「応援レクチャー」も行われる徹底ぶりだ。
その反面、お願いベースではあるものの、相手クラブや選手に対するヤジやブーイングを事実上、禁止している(当然、自クラブに対しても)。実際、サポーター席には「観戦ルール」として掲示され、違反したものには退席を求め、以降のホームゲームへの入場を禁止する旨も明記され、例え違反者がシーズンチケットホルダーであっても、返金にも応じないという厳しいものだ。
今回取材に当たって、試合はもちろんサポーターの振る舞いにも注目し、ゴール裏席に近付いてみた。確かにそこにはJリーグとは違った、ほのぼのとした空気があった。そして、寒さが身に堪えはじめる11月の月曜ナイターという厳しい条件にも関わらず、中高生や子どもの姿が多く見受けられ、新宿という街の多様性を示すかのように、外国人サポーターも見られた。時折演奏されるブラスバンドの応援も、かつてのオランダ代表や、甲子園のアルプススタンドのようで、耳当たりが良かった。
世界一安全なスタジアムの実現
丸山社長が応援ルールの試みを発表したのは2023年夏のこと。同年8月2日、天皇杯ラウンド16の名古屋グランパス対浦和レッズ戦(CSアセット港サッカー場)後、0-3で惨敗した浦和のサポーター約100人が暴徒化。ピッチのみならず相手側サポーター席にまで“殴り込み”を掛け、警備員への暴行やスタジアム設備を破壊し、愛知県警が出動する事態に発展するという出来事があった。
浦和は翌年の天皇杯出場権を剥奪されたが、当の暴徒らには無制限入場禁止という大甘裁定を下しただけではなく、浦和フロントは当初暴行の事実を否定。証拠となる映像が世に出ると、今度は「名古屋サポーターから挑発されたのが原因」と相手に責任をなすりつけ、結果的に恥の上塗りとなった。
この事件が、クリアソン新宿が決めた応援ルールの直接的な要因とは断言できない。しかし、大の大人が感情むき出しで相手チームを汚い言葉で罵ることが、“自称サポーター”の暴徒が事あるごとに持ち出す「フットボールカルチャー」なのだとすれば、クリアソン新宿はこの風潮を全否定し、180度違う角度から新たなサポーター文化の醸成に挑戦していることになる。
当初は“官製応援”と揶揄されることもあったこの決断。実際に現場で確認してみると、子どもも、その母親と思われる女性も、実に楽しそうに応援する姿が見られる。Jリーグが旗印としている「世界一安全なスタジアム」が、そこには確実に存在していた。
こうした応援スタイル、どこか既視感があるとふと考えてみると、高校野球や大学野球の学生席に似ている。ブラスバンドを交えた応援には、取っ付きやすさもある。加えて「一見さん大歓迎」のムードがあるのが、何よりのメリットとなっている。そして、Jリーグの“常識”が日本スポーツ界の“非常識”となっていたことに気付かされるのだ。
JFLの舞台では苦戦が続いているクリアソン新宿だが、いつの日かJリーグ入りのチャンスが巡ってくるだろう。その時、サポーターの数が2倍3倍となっていく過程で、この異色ともいえる応援スタイルを維持していくことが、チーム強化とともに至上命題となるのではないか。
そのことがJリーグの理念を体現することにつながり、ひいては“特例中の特例”としてJリーグライセンスを認められたことへの恩返しとなるからだ。そしてJリーグ入りを果たした暁には、そのホームスタジアムが国立競技場であることが、クリアソン新宿にとっての理想的な未来像なのだと思われる。