甲子園記念大会の奇跡、白山高校の今。まぐれじゃなかったと奮闘する日々

11月17日(火)6時30分 Sportiva

 古今東西、「下剋上」の物語は頂点に上り詰めた時点でエンディングを迎えることがほとんどだ。だが、下剋上を成し遂げた者であっても、一時の熱狂が醒めた後にはまたストーリーが続いていく。

 2年前の夏、「日本一の下剋上」を旗印に三重大会を奇跡的な試合で勝ち上がり、第100回全国高校野球選手権大会に出場したのが、三重県立白山高校だった。

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 2007年から10年連続初戦敗退だった弱小校が、2017年夏に3回戦進出、そして翌夏に甲子園に出てしまう。しかも、白山は教育困難校という悪評もあり、甲子園出場時は「リアル・ルーキーズ」と称された。

 実際には「ヤンキー」と呼べるような部員はおらず、3年生のほとんどが第一志望校の受験に失敗して入学した自己肯定感の低い生徒たち。東拓司監督の言葉を借りれば「自分に自信のない子たちの集まり」である。

 2013年に同校に赴任した東監督が部員5人の野球部を荒れ果てたグラウンドから立て直し、少しずつ力をつけた結果、大輪の花を咲かせた。三重大会では菰野、海星、松阪商と強豪を相次いで破って、甲子園出場を決めてしまった。

 その後、白山に甲子園出場はないものの、今夏の三重県独自大会はベスト8、今秋の県大会はベスト4と県内で好成績を残している。それでも、東監督は苦笑しながらこう漏らす。

「甲子園に出てから、地元でのハードルが上がりすぎてしまって。三重のベスト8やベスト4では『なにやらかしとんの?』という雰囲気になってしまうんです」

 部員は増えたものの、中学時代に実績のある選手は相変わらず他の強豪校に流れてしまう。最寄り駅の列車が2時間に1本しか来ない、山あいの辺境の地ゆえに生徒が集まりにくいのだ。

 それでも、東監督は自分自身に言い聞かせるかのように、こう語るのだった。

「やっぱり、もう1回甲子園に出て、まぐれやなかったと証明せなアカン」

 前述のとおり今年の新チームは三重ベスト4に進出しており、甲子園が狙える学年である。そんな白山が今年の晩秋、初めて関東遠征に出た。相手は名門・横浜高校。昨秋に静岡の湖西ベースボールフェスタにともに招待され、対戦した縁から練習試合をすることになったのだ。

 なお、今年度から横浜の監督を務める村田浩明監督は、前任校が神奈川県立白山高校。意外な「白山」つながりがあった。村田監督は言う。

「私がいた白山が準々決勝で負けて落ち込んでいた次の日に『白山が甲子園出場』というニュースが出て、『えっ』と思って。そこで三重にも白山という高校があることを知りました。私も公立高校で一からチームをつくる大変さは経験しているので、白山の甲子園出場は勇気づけられました」

 白山は横浜と対戦する前日には愛知の名門・東邦との練習試合に臨み、6対3と金星を挙げていた。東邦の主力級の投手には歯が立たなかったものの、後続の投手から6得点を奪った。とくに白山のエースで4番の大黒柱・町健大(まち・けんだい)は、打っては2本塁打、投げては3失点完投の大活躍だった。


エースで4番を務める白山高校の大黒柱・町健大
 町は身長183センチ、体重90キロの本格派右腕。現時点では最速138キロと驚くようなスピードはないものの、その高い潜在能力は底を見せていない。

 しかし、横浜打線を前にして、町は立ち上がりから失点を重ねていく。5回まで7四死球を与えて6失点を喫した。町は試合前から横浜の強さを感じていたという。

「去年の招待試合は、自分は投げられなかったので、今日は楽しみにしていたんです。試合前のアップからすごく強いチームの雰囲気があって、試合が始まったらバッターはボール球を振らないし、守りは安定していてスキがなかったです」

 1番・センターの安達大和のような、将来プロへ行ってもおかしくないポテンシャルの高い選手がいるだけではない。状況に応じてバント、盗塁など小技も駆使して、相手のスキを見つければ徹底的に突いてくる。横浜の洗練された野球の前に、白山は劣勢を強いられた。

 それでも、終盤に見せ場をつくった。7回表に町の安打など、集中打で3点を奪い返した。その裏に横浜に2点を追加され、試合は3対8の完敗だった。

 試合後、東監督はあらためて横浜の強さと白山の課題について語った。

「横浜高校は選手の能力が高いのはもちろんなんですけど、しつこい野球ができますよね。ボール球を簡単に見逃してくるし、空振りはしないし。一つひとつのプレーをしっかりとやってくる。ウチにできることとできないことはありますけど、できないなりに最低限のことができないと。昨日の東邦も今日の横浜も、きっちりした野球をやってきた。ウチもきっちり力をつくって、もう1回、甲子園に行きたいですね」

 試合中、驚かされたことがあった。それは白山ベンチに前松阪商監督の冨山悦敬(よしたか)さんがいたことだ。

 冨山さんは2年前の夏、三重大会決勝で白山と甲子園出場をかけて戦った松阪商の監督を務めていた。冨山監督にとって64歳にして初めての甲子園が目の前まで迫っていたが、松阪商のチームリーダーが試合開始直前に負傷退場するなど不運もあり、2対8で敗れている。昨夏限りで松阪商の監督を退いていた。

「監督をやめたあとも松商の指導を手伝ってたんやけど、今年の8月から白山も手伝ってるんや。東くんとは野球に対する考え方も似てるし、白山は家からも近いしな」

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 冨山さんは白山町に住んでいる。2年前の白山の甲子園出場時には地域内で白山高校への寄付金を募る動きが活発化し、冨山さんの自宅にも寄付金を求める回覧板が届くという皮肉な事件もあった。

 松阪商の強打線をつくり上げた冨山さんが白山で指導を始めると、ある大きな変化が起きた。当時は打力が高くなかったエースの町が、急成長したのだ。

 町は「冨山先生のおかげで打てるようになりました」と証言する。

「それまでヒットもほとんど打てなくて、空振りばかりだったんです。冨山先生に見てもらうようになって、『三振でもいいから、たまに打つ打球をバコンと打て』と言われて、打てるようになりました」

 町の言葉だけでは理解しがたい理論だが、要はボールに当てにいくことなく、インパクトでパワーを伝えられる打球を打つように指導されているようだ。8月から本格的に打撃練習を始めた町は、東邦戦での2本塁打を含め短期間で9本塁打と長打力が目覚めつつある。

 冨山さんは「楽しいけどえらい(大変)わね」と笑いつつ、白山の課題を語った。

「子どもの力は松商のほうが上ですよ。白山には中学時代に補欠だったとか、名を馳せたような子は来ないから。自分に自信がないから、自分から崩れてしまう。そんな子たちに向上心とか意欲とか、じっくりと教えていかへんとな」

 強力なアドバイザーを得て、狙うは二度目の下剋上。町は冬場の課題を「空振りの取れる真っすぐ」と定めている。

「自分は瞬発力が足りないので、体のキレが出てきたらボールのスピードも出てくるだろうし、真っすぐで空振りが取れるようになると思うんです。体重が多いときで93キロくらいなんですけど、88〜89キロまで絞っていきたいですね」

 来年も横浜高校と練習試合をすることは決まっている。強敵を倒すために、自分に自信をつけるために。下剋上球児の物語はまだ続いている。

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