プロ野球トライアウトは現役を諦めさせる場 引退式の一面も

11月22日(水)7時0分 NEWSポストセブン

野球の道で声がかかるのはほんの一握り

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 プロ野球の“オフの風物詩”となっている12球団合同トライアウト。そこで繰り広げられる、テレビには映らない実像をノンフィクションライター・柳川悠二氏がレポートする。


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 12球団合同トライアウト(11月15日)が開催された広島・マツダスタジアムの入場ゲートには、早朝から無数のTVカメラとファンが待ち構えていた。


 彼らがいっせいに反応したのは、ソフトバンクの大隣憲司の乗ったタクシーが到着した時だ。2006年に希望枠でプロ野球の世界に飛び込んだ大隣は、2013年に国の指定難病である黄色靱帯骨化症を患った。


 病気の克服後も9勝を挙げ、通算勝利数を「52」にまで伸ばしたが、今季は一軍で1試合のみの登板に終わり、戦力外に。マウンドで2三振を奪った大隣は、終了後、多くの報道陣に囲まれる中、安堵の言葉を残した。


「今、持っている力は100%出せた。自分の投げたいところへ、投げたいボールが投げられましたから。チャンスをいただければ、準備はできています」


 トライアウトは、カウント1-1から始まるシート打撃形式で行われ、投手は打者4人と勝負し、野手は4打席もしくは5打席のチャンスを与えられる。今年は51人(投手26人、野手25人)が参加した。


 私は例年、トライアウトが行われている間、球場の喫煙所で選手を待つ。勝負を終え、紫煙をくゆらす選手がふと漏らす一言は、番記者の前で発する言葉以上に、正直なものになる。


 今年、喫煙所でとりわけ大きなため息を漏らしたのが2002年のプロ入り以来、巨人、日本ハム、DeNAを渡り歩いて来た林昌範だ。トライアウト参加者で最年長(34歳)の彼は、3安打(1四球)を浴びた。


「野球を捨てきれない気持ちがあった。終わって、悔いはないですし、スッキリはしています。現役生活16年。声がかかるのを待ちますが、一区切りなので今後のことも考えていきたい」


 報道陣の受付開始は午前9時。トライアウト関連の番組を制作するTV局のスタッフが、数十人分のプレスパスを抱えていた。それだけ選手と家族のドラマに視聴率が見込めるのだろう。


 しかし、戦力外通告を受けた選手たちの現実は厳しい。昨年のトライアウトに参加した65人のうち、NPB(日本野球機構)の球団に選手として“再就職”できたのは3人だけだ。


 プロ野球選手のセカンドキャリアを支援する日本リアライズ(プロフェッショナル・セカンドキャリア・サポート事業部)の川口寛人は、トライアウトを「選手に現役を諦めさせる場」と位置づける。彼自身も巨人の元選手で、2010年に育成ドラフト7位で入団し、わずか1年で戦力外となった。


「他球団に獲ってもらえる選手は、本番前にある程度は声がかかっていて、あくまで状態を確認してもらうためだけにトライアウトに参加する。いわば“儀式”になってしまっているのです」


 華麗な実績を残した選手に引退試合が用意される一方、戦力外を告げられた選手は何もないまま球団を追われる。そういう選手たちが、現役生活を支えてくれた家族や恩師に最後の勇姿をみせる“引退式”の一面も、トライアウトにはある。

(文中敬称略)


※週刊ポスト2017年12月1日号

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