麗しき女性レーシングドライバー猪爪杏奈の挑戦。いばらの道を楽しむ

11月24日(火)10時55分 Sportiva

速く、美しく、挑戦し続ける女性ドライバーたち 
第5回 猪爪杏奈 
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20歳からレースの道に飛び込んだ猪爪杏奈
近年、世界のモータースポーツを統括する国際自動車連盟(FIA)や自動車メーカーが若手女性ドライバーの育成・発掘に力を入れ始めた。いまだ男性中心の競技ではあるが、サーキットレース、ラリー、ドリフトなどで活躍する女性ドライバーは増加傾向だ。そこで、国内外のさまざまなカテゴリーで挑戦を続ける日本の女性ドライバーにインタビューした。 
第5回は、レーシングドライバーの猪爪杏奈。

今季はスーパー耐久シリーズと競争女子選手権(KYOJO CUP)でチャンピオンを狙う25歳で、全日本ジムカーナ・チャンピオンを父に持つ。日本女子体育大学に進学し、体育教師を目指していた彼女がレースデビューしたのは20歳だった。一般的には遅いスタートだが、そこから着実にステップを重ね、大きな注目を集める存在となっている。取材時には「(撮影のために)洋服を新調して、ネイルもしてきました」と可愛らしい一面も見せる猪爪に、レースへの思いをたっぷりと聞いた。
 最近、発覚したのですが、私がもし男の子だったら、父は(子どもの頃から)レースをやらせようとしていたみたいなんです。女の子だったので、3歳からピアノをやらせてもらって、大会やコンクールによく出場していました。一時は音楽大学に進み、ピアニストになることを目指していました。でも、ピアノの前にじっと座って練習するのが苦手でした。
 活発で負けず嫌いで、小さい頃から男勝りというか、ガキ大将という感じでした(笑)。小学生の時にバレーボールに出合って、ピアノからスポーツの道へ進みたいと考えるようになりました。日本女子体育大学に入り、体育の先生になってバレー部の顧問をしたいと思って、教職課程を履修していました。
 毎日、大学に通って友達と遊んで、アルバイトをするという生活は、それはそれで幸せでした。このまま教師になって結婚して......とも思っていたのですが、心のどこかで「つまらない」と感じている自分がいました。そんな時、偶然レースと出合い、レーシングドライバーの道への方向転換を決意しました。


レースに挑んでいる「今が一番楽しいです」と話す猪爪
 きっかけは、高校3年生の頃から父が自家用の電気自動車(EV)で草レース(アマチュアレース)を始め、お手伝いとしてサーキットを訪れるようになったことです。普通なら行かないんですけど、「バイト代をあげる」と言われて(笑)。洋服がほしかったので、袖ヶ浦フォレストレースウェイ(千葉県)に何度か手伝いに行っていました。
 そのうち、父から「ちょっと走ってみるか」と話がありました。大学1年生の秋に免許を取って、2カ月後のことでした。「うーん、どうしようかな......」と返事をしたのですが、次の時には私のためのヘルメットとレーシングスーツ、グローブなどが全部用意されていました(笑)。それでEVのレースに出場することになり、実際に走ってみるとレースの面白さや悔しさなどが少しずつわかってきました。そうしていくうちに、プロを目指すようになっていきました。
 レースを始めた当初は、父からはよく「ポンコツだな」と言われていました(笑)。私は結構ビビリで、久しぶりにサーキットを走ると、怖くて萎縮しちゃう部分が今でもあります。おどおどしながら走っていると、最初の頃はぶん殴られるんじゃないかぐらいの勢いで怒られて、喝を入れられて、泣きながら走るという感じでした。
 今季は資金不足でフォーミュラの活動は断念し、競争女子選手権(KYOJO CUP)とスーパー耐久に参戦しています。スーパー耐久のチームは父が監督をしているので、マシンのセットアップなどで相談しながらやっています。
 でも実は、レースをするまでは父のことがちょっと苦手だったんです(笑)。父はモータースポーツをやっていたので気性が荒いので、少し怖かったんです。ただふとした時に、父と私、そっくりなんですよね。レース中にマシンを運転していると、「この野郎、邪魔だな、どけよ」と言っちゃうことがあるんです。「ああ、そういえばお父さんも同じこと言っていたな」って(笑)。似ていたから、嫌だったのかもしれないですね。

 現在、チームとの契約やスポンサー活動などは基本的にひとりでやっています。ドライバーのシートは奪い合いですし、スポンサー集めは本当に大変です。見つかる時はポンポンと順調に進むのですが、100件あたって全部ダメという時もあります。
 それでも一生懸命やっていると、周りの方が自然と手を差し伸べてくれて、壁を乗り越えることができる瞬間があります。そういう時は、くすぶっていた苦労がすべて吹き飛び、「生きていて良かったな」と心から思えます。
 レースの道に進んで良かったと思っています。周りにサポートや応援してくださる方もいますし、基本的には自分の判断や行動がキャリアにつながっていきます。今、毎日が充実していますし、やりがいを感じます。
 もちろん、そう簡単にはいかないこともあります。私は小さい時からバレーボールで身体を鍛えていたので、体力には自信がありました。しかし去年9月、スペインで開催されたWシリーズのオーディションを受けて、その自信を木っ端微塵に打ち砕かれました。
 シリーズは2019年にスタートした女性ドライバー限定のフォーミュラカーレースで、マシンはF3を使用しています。そのオーディションでは、自分よりも華奢な体型の10代後半ぐらいの女の子が余裕でマシンをドライブしているのに、私はもう何ひとつ対抗できないまま終わってしまいました。

 オーディション前に、JAF-F4というカテゴリーのフォーミュラカーに乗ってはいたのですが、Wシリーズで使用するF3マシンは別次元でした。マシンのダウンフォースの量と身体にかかるG(重力加速度)も全然違いますので、中高速コーナーでハンドルが重くて切れないんです。英語でのコミュニケーション力も不十分で、無線で何を言っていたのかわからない状態で走っていました。とんでもないところに来てしまったと現地で気がつきました。
 オーディションでのタイムはトップから約4秒遅れのビリ。今までやっていたトレーニング方法を一から変えなければならないと気づかされました。今はトレーニングジムに通って、肉体改造に取り組んでいます。
 Wシリーズ参戦を考えたのは、将来海外で活躍したいという夢があるからです。シリーズ初年度は日本から小山美姫選手が出場しましたが、ずっと気になっていました。ただオーディション参加は公募されていたわけではなかったんです。いろんな人に話を聞いて情報を集め、助けをもらいながら向こうの窓口に自分でコンタクトをとって、何とか参加できました。思い立ったら、すぐ行動してしまうタイプなんです(笑)。
 ドライビングのスキル、体力、セッティング能力などすべてを磨いていく必要がありますが、どういう状況でもしっかりと結果を残すためのメンタルも課題ですね。今までメンタルは強いほうだと思っていたのですが、レースを始めてから自分の弱さに気づきました。モータースポーツは一歩間違えたら死ぬかもしれません。そういう世界で生きるレーシングドライバーは男性の中でも野心の強い人たちが多いと思います。
 彼らを打ち負かして這い上がっていかなければならないので、相当なエネルギーや根性が必要です。レースでは、経験したことのないような厳しい状況に追い込まれ、周りが気になってしまったり、負けたらどうしようと弱気になったりすることもありました。そういった一面が自分にあると知り、当初は戸惑いました。

 しかし経験を積む中で、だんだん強くなっていると感じています。18年に富士スピードウェイで開催されたアジアン・ルマンシリーズで大きなクラッシュをして腰椎と胸椎を圧迫骨折し、ドクターヘリで運ばれた経験があります。事故後のレースでは「怖くて走れないかもしれない......」とすごく心配したのですが、最初の一周をしたら、事故のことはすっかり忘れていましたから(笑)。
 近いうちにまた世界に絶対挑戦したいです。自分の足を使って、目で見て、肌で感じて、耳で聞いてみると、日本とは全然環境が違いました。世界は手ごわいですが、レベルの高いところでチャレンジしてみたいんです。
 周囲のドライバーは子どもの頃からカートを始めている人がほとんどです。私もレースをもっと早く始めていればよかったと思うことはあります。でも、小さい頃から始めていたら、両親に金銭面ですごく苦労させていたはず。また、スタートが遅かったからこそ、後がないと思って、必死にレースに向き合えています。
 これまでの道のりは簡単ではなかったですが、今、人生で一番楽しいです。道を切り拓いていくプロセスを楽しめていますし、自分の力でこじ開けるのは嫌いじゃありませんから(笑)。最終的にはスーパーGTやル・マン24時間レースにたどり着きたいです。
【profile】 
猪爪杏奈(いのつめ・あんな) 
1995年2月15日生まれ。東京都出身。全日本ジムカーナ元チャンピオンを父に持つ。幼少からピアノやバレーボールに取り組み、レースを始めたのは20歳。マツダの女性ドライバー育成プログラム「Mazda Women in Motorsport」に合格し、「ロードスター・パーティレース」に参戦。マニュアル車を運転し始めた数ヶ月後のレースで初表彰台に上がる。現在はスーパー耐久や競争女子選手権 (KYOJO CUP)に参戦し、チャンピオンを目指す。

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