石浦、大嶋が手塩に掛けて作り上げたGRカローラRZ&ヤリス開発秘話。言いにくいことを伝えきった『石浦レポート』

2022年12月4日(日)15時4分 AUTOSPORT web

 世界的な半導体の供給不足などで生産台数が限られながら、12月2日にまずは500台の抽選販売がスタートしたトヨタGRカローラRZ。よりパワフルにカスタムされたモリゾウエディションは70台の抽選販売となるが、このGRカローラRZ、そして今年1月に販売されたGRヤリスと共に注目されるのが、トヨタの車両開発のアプローチの違いだ。GRヤリス、そしてGRカローラRZはスーパーGTに参戦している石浦宏明、大嶋和也が全面的に開発に関わっており、そのふたりに開発の背景についてエピソードを聞いた。


 GRヤリス、そしてGRカローラRZは、これまでのトヨタ車の開発、制作過程とはまったく異なるアプローチで作られている。簡単に言うならば、これまでは一般道がメインの一般ユーザー目線に合わせて車両を開発していたが、GRヤリス、そしてGRカローラRZはそのアプローチが180度違い、サーキットで安心してアタックできる高性能のレーシングカーを一般車に落とし込むというベクトルで、プロのレーシングドライバーが納得できるクオリティの車両開発がまずは前提となっている。

トヨタGRカローラRZ(プレシャスブラックパール)


 そこでGRヤリス、そしてGRカローラRZのメインの開発を任されることになったのが、スーパーGT、スーパーフォーミュラに参戦しているだけではなくて、チャンピオンにも輝いた実績のある国内トップドライバーの石浦宏明と、大嶋和也のふたりだ。GRヤリスがスーパー耐久に参戦をはじめたのが2020年、水素エンジンを搭載したGRカローラは2021年の第3戦富士からだが、その初期段階から石浦と大嶋が開発を担っていた。


「このプロジェクトが始まったのが(S耐に参戦する2020年の)3年半くらい前ですかね。東富士のショートコースで走るということで、僕と石浦さんと勝田(範彦)さんで担当しました。それまでもクルマの開発テストには呼んで頂いていましたけど、ここまで深く車両開発に関わったことはなかったので、クルマの開発の最初の段階から乗らせてもらって、かなりびっくりしたのを覚えています」と話すのは、主にGRヤリスの開発を担当した大島。


 一方の石浦も「斎藤(尚彦)さん(GRヤリス開発担当)から、こういうクルマを開発していくという話を頂いて、一緒に初期からやりましょうということでテストに行きました。最初の企画の段階から話を聞いていて、面白そうだなと思っていましたし、そういったクルマ作りに最初から関われるなんて、レーシングドライバーとしてそれほどうれしいことはないなと」と、プロジェクトの始まりを振り返る。
 
 しかし、ふたりにとって、これまでのレーシングカーの開発と一般車の開発とでは、さまざまな違いがあり、多くの苦労を開発スタッフと共にすることになった。


「市販車の開発には僕もそこまで自信があったわけではないです。クルマの限界領域はレーサーなので感じ取る能力は高いとは思いますけど、レーシングカーと違って、市販車はその限界領域でよく走れるクルマを作るわけでもないですので『ヤバイ。勉強しなきゃ』と焦っていました(苦笑)」と大嶋。


「ですので、トヨタの市販車の開発ドライバーの方たちと普通に一般道を走る速度でテストコースを走って、市販車の開発ドライバーの方が(サスペンションの)減衰がこうとか話をしてセッティングを進めていくのを見て、『えっ!? ちょっと俺、(その速度域では)全然違いが分からないんだけど!?』と(苦笑)。そこはいろいろな人に聞きながら『ちょっと走ってきます』と行って、石浦さんとふたりで乗って『これどう感じます?』とか相談しながら、いろいろ擦り合わせていきました。最初は難しかったですね。お陰様で、これまで感じ取ることのかった(自分自身の)センサーの部分は磨かれたと思います」と続ける。


 石浦にとっても、最初は一般車の開発、そして自動車メーカーのスタッフと仕事をすることの難しさを痛感することになった。


「最初に富士のショートコースでクルマを走らせたのですけど、その最初のテストでショックを受けました。『これはかなりの茨の道を行くことになるな』と(苦笑)」(石浦)


 だがその時、石浦はそのショックをトヨタGRのスタッフに伝えることが出来なかった。初めての一般車両の開発、そして初めて一緒に仕事をする自動車メーカーの開発エンジニアたちに、ダメ出しの本音が言えなかったのだ。開発担当の斎藤氏が振り返る。


「『これはだいぶヤバイだろう』というスタートだったのですが、でも、その最初の富士でのテストの段階では石浦さんはそこまで言わなかったんです。そこまでお互い関係性ができていなかったので」(斎藤氏)


 石浦も「その時はまだ遠慮していて、言えなかった。そして2回目のテストのときでもまだ言えなくて、お客様状態でした。でも、2回目のテストの時でもクルマは全然良くなっていなかったんです。言いにくいことをどうにかして伝えないと、このままだと発売日まで良くならないで延々とこのまま進んでしまうと思いました」


 そこで石浦は覚悟を決めて、2回目のテスト後、レポートという形で本音を伝えることを考えた。


「対面では言いにくいことをレポートのなかにメッチャ書き込みました。言いにくいことはレポートで書いて伝えようと。現場でエンジニアの方に伝えても、他の工場のスタッフには伝言ゲームのように伝わって内容が薄まってしまうこともあった。そこで、僕がレポートを書いてみんなに送ったら、それで『初めて伝わった』『理解した』という連絡をそれぞれの担当の方から頂いたんです。『そういうことなのか!』と」


 その通称『石浦レポート』は、開発スタッフのなかで誰もが目を通すバイブルのような存在になっていった。

トヨタGRカローラRZの開発を務めた石浦宏明



●『石浦レポート』で伝えた内容と、こだわりの内装。『レーシングカーベースの市販車』の誕生



「そこから毎回、言いにくいことはレポートに書いて送るようにしました。モリゾウさんにも送っていたら、モリゾウさんからも『お前はクルマの良くないところ、悪いところをひたすら言ってくれ』と、『褒めるのは俺がやるから』とモリゾウさんに言われました」


 それを聞いた斎藤氏が驚く。「え、ホントですか? それは初めて聞きました! 1回も(モリゾウさんに)褒められたことないですよ!?」


 石浦が続ける。


「モリゾウさんから『嫌われるし、けなしたくないからお前たちが悪いことは言ってくれ』と。『それが仕事だ』と。それで僕も『分かりました』と言って、そこから遠慮なく言わせてもらうようにしました」


 実際に、初期段階ではどのような内容をレポートで伝えていたのか。


「初期の段階では、リヤの接地感がすっぽ抜けていた時期があったんですよ。地面に対するキャンバーの当たり方の話とか、ワンメイク車両だってそこを工夫して接地を稼いでタイムを稼いでいることとか、僕が86買ったときもサーキットを走るには4輪の車高がバラバラだったので、レーシングチームのファクトリーで一度サスペンションを緩めてもらって、そして締めてもらった。どのレーシングチームでもクルマをこういう風にして、サーキットできちんと走るようになるんですよという話をレポートに入れていました。内装についても、僕も大嶋も、細かく要求しました」と石浦。


 GRカローラRZの開発担当を務める坂本尚之氏が、その内装変更の一例を挙げる。


「GRカローラのセンターコンソールもベース車ではアームレストが付いているのですけど、(GRカローラRZでは)石浦さんの意見でなくしました」(坂本氏)


 石浦も、そのアームレストにはこだわりがあった。


「マニュアル車で、シフトチェンジの時に肘が当たるのは一番恥ずかしいですからね。そこは絶対に避けたかったので、同じ内容のレポートを3回くらい送りました(苦笑)」


 性能や速さを求めるレーシングチームのエンジニアとは違い、自動車メーカーの開発エンジニアにとっては、どうしても予算への意識が高くなる。


「やはり開発リーダーの僕が言っても、『(各部の担当者は)お金が掛かるから難しい』とかいろいろ進みづらいところがあるのですけど、石浦さんのレポートで一斉にみんなに言われると、『やらなきゃいけないな』という雰囲気になって、プロジェクトとしても動きやすくなりました」と、坂本氏も石浦レポートの影響力の大きさを振り返る。


 現役トップドライバーが本気で注力し、トヨタGRの開発者と作り上げたGRヤリス、そしてGRカローラ。


 開発を担った大嶋が「サーキットでの限界領域と街中でも気にならない乗りやすさ、クルマの限界のレベルも下がらない、そのあたりのバランス取りの部分は結構、うまくいったと思っています」と話せば、石浦も「普段、自分がサーキットに通う時の足にしようと思って作りました」と話すように、ロングドライブでも疲れないような安定性の高さと安心感、そして走り出しや高速道路でもまったく力不足を感じないパワフルさを身に纏った、まさにモータースポーツを起点としたレーシングカーベースの市販車が誕生した。


 今年、2022年の1月に抽選販売されたGRヤリスは限定500台で、申込み件数は1万件を越えて約23倍という高倍率になったということから、今回のGRカローラRZも最初の500台の完売は必至。このクルマの開発背景、そしてこのクルマの走りを一度体感すれば、カローラという車両名のイメージを完全に覆す驚きを得られることは間違いない。

石浦宏明(右)、大嶋和也(中)に加えラリードライバーの勝田範彦(左)が開発ドライバーとして関わった


トヨタGRカローラ RZ(プロトタイプ)

トヨタGRヤリスRZ “High performance”

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