高まる芸術性。ザギトワはファイナルで見る人を幸せにする

12月4日(水)6時20分 Sportiva

 うららかに音が流れ、それは現れる端から消えるはずなのに、彼女はそれを見事に掬い取る——。


NHK杯のフリーでシーズンベストを出した、アリーナ・ザギトワ

 NHK杯、アリーナ・ザギトワはフリースケーティングで完璧に近いスケートを見せた。シーズンベストの151.15点。ショートプログラムでの失敗を挽回するのに十分な演技だった。

「クリーンな演技で、スケートを楽しみたい」

 そう語るザギトワの真骨頂と言えるような”作品”だった。

 流れる音と一体になっていた。深くエッジが入り、優雅さを伝える。終盤、リズムが激しくなったとき、彼女は右足をぐるぐると風車のように旋回させた。最後のポーズ、ヒジを引き上げ、視線を上げ、胸を張る。そこで喝采を浴びると、悲鳴に似た歓声があがった。

 キス&クライ、ザギトワは達成感よりも安堵の表情だったか。2018年平昌五輪金メダル、2019年世界選手権女王の意地を見せた。演技構成点は73.84点でトップだった。

 しかしこの日、ザギトワは同じロシアのアリョーナ・コストルナヤにも、日本の紀平梨花にも、敗れた。

 12月5日から、イタリア・トリノで開幕するグランプリファイナル。女王に活路はあるのか?

 ザギトワは、「ハイスコアを望める大技がない」と言われる。コストルナヤ、紀平にはトリプルアクセル、アレクサンドラ・トゥルソワ、アンナ・シェルバコワには4回転ジャンプがある。しかし彼女は、試合を左右するほどの大技を持っていない。

 しかし大技もなく、これだけの点数をたたき出せるほうが驚きだろう。ザギトワのスケーティングの完成度は、際立って高い。芸術性こそ、彼女の大技だ。

 その土台は、練習にあると言われる。

 平昌五輪で金メダルを取った時、本命は当時、2年連続世界選手権で優勝していたエフゲニア・メドベデワだった。当時15歳でシニアデビューのシーズンだったザギトワは、メドベデワを尊敬し、輝かしいほどの強さを目にしていた。

 しかしザギトワは五輪までの2年間、日々、1分1秒も怠らず、スケートに取り組んできた「練習」を信じられたという。

「ケガ、成功、失敗……いろいろあるけど、結局大事なのは『練習』ということに気づきました」

 そう語るザギトワは、高い集中力で練習に臨み、あとは天運に身を任せ、五輪のフリーに挑んだという。試合まで何も手につかないほどだったが、プログラムが始まった時、余計な感情は消え失せ、無心に近い状態になった。

 結果、コンビネーションジャンプを失敗したにもかかわらず、その後の3回転ルッツでもう一本ジャンプをつけるという奇跡的な芸当をやってのけた。

 練習に、ザギトワの真実はある。

 NHK杯の練習でも、誰よりも先にリンクに飛び出し、最後までリンクに立っていた。入念に何度も何度もジャンプをチェック。跳躍せず、コンビネーションジャンプの感覚を確かめながら、イメージを深めていた。たとえばプログラムの中、失敗してもどうリカバリーするか。失敗もイメージすることで、その時にパニックにならず、冷静に対処できるのだ。

 練習の積み重ねが、試合の一瞬で出る。

 ザギトワの父親はかつてアイスホッケーで名の知れた選手で、その後は監督になったが、娘の試合を目にしたことはなかったという。試合より練習に本当の姿はあるということか。唯一、平昌五輪の金メダルを手にした試合は見て、すぐに連絡を入れたそうだが、同じフィギュアスケーターでもある妹は五輪の試合中、自分の練習に打ち込んでいたという。

 日々をどう生きるか——。そうした一家で生まれ育ったことが、ザギトワの演技に影響を及ぼしているのかもしれない。ひとつだけ言えるのは、彼女のプログラムが優雅で、それは鍛錬なくしてはあり得ないということだ。

「フリーは満足のいく演技でした。ショートは納得いかなかったので、とてもよかったと思います」

 NHK杯が終わったあとの会見で、ザギトワはそう言ったあと、何か言葉を続けようとし、躊躇い、静かにマイクを置いた。頂点を極めてきた選手にとって、3位で自らの演技を語ること。それは美しくないと考えたのか。

——どんなことを目標に滑りますか?

「見ている人が幸せになるような演技を」

 そう語ったときの彼女の表情はとても大らかで、女王の気風を取り戻していた。

 トリノでのファイナル、ザギトワは鍛錬で芸術にまで高めたスケーティングを見せる。

Sportiva

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