ヤクルト・小川前監督が球団初ポストに そもそもGMとは何か

12月5日(木)8時41分 しらべぇ

東京ヤクルトスワローズ

東京ヤクルトスワローズが球団初のポスト「GM(ゼネラルマネジャー)」を設け、小川淳司前監督が就任するという。ヤクルトの編成部門を統括する役割を担って高津臣吾新監督を支える。


■重要な役割

小川は監督としてだけでなく、さまざまな役割で球団に携わってきた。92年の現役引退後、スカウトを務め宮本慎也らを担当。96年からはコーチに就任し、99年から07年の長期間にわたって2軍監督を務めた。

10年には監督代行として不振のチームを一気に復活させ、その後正式に監督に就任。一旦は退任したがシニアディレクター職を経て再び監督へ戻った。現役最終年に日本ハムファイターズに移籍した以外は長きにわたってヤクルトに尽力。球団を知り尽くした人物だ。


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■フロントも現場も

編成・育成部門においても責任者で、チームの方針の決定、選手獲得の際の交渉力なども求められる。日本では徐々に浸透しつつあり、最近では東北楽天ゴールデンイーグルスの石井一久GMが諸ワンを発揮しているのもあって少しずつ認知されてきている。

小川も編成部シニアディレクター時代は肩書こそ違うが実質的にGMと似た役割を担っていた。日本でも過去には名監督がGMに就任するパターンもあったが、必ずしも名GMとはならない。

■広岡、落合…

ヤクルト、西武ライオンズを日本一に導いた広岡達朗は千葉ロッテマリーンズで95年、日本初のGM職についた。評価はさまざまだがボビー・バレンタインの招聘などある程度の仕事を行った。

そして中日ドラゴンズでの落合博満もGMに就任し、総年俸のコストカットで経営的な面での手腕を見せた。しかしチームの成績は自身の監督時代同様とはならず、成績を残せないまま退任した。


■名GMとは

一方で監督時代に「負広」の蔑称がつけられてしまった経験もある中村勝広さんはオリックスGM時代に補強面などで手腕を発揮した。必ずしも監督時代の成績がGMとしての能力に反映されるわけではない。

しかし小川監督はフロント、現場にも精通する。GMからヤクルトの改革が進む可能性もないわけではない。成績を残せるようになるのか注目だ。


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(文/しらべぇ編集部・大山 雄也



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