元国際審判員、佐藤隆治氏が総括。2023年JリーグのVARの問題点は

2023年12月9日(土)18時0分 FOOTBALL TRIBE

佐藤隆治氏 写真:Getty Images

日本サッカー協会(JFA)審判委員会は12月8日、東京都文京区のJFAハウスにてレフェリーブリーフィングを開催した。


本ブリーフィングにはJFA審判委員会委員長の扇谷健司氏、審判マネジャーJリーグ担当統括の東城穣氏、審判マネジャーVAR担当の佐藤隆治氏の3名が登壇。2023シーズンのJリーグで、VAR制度が適切に運用されていたのか。これに関する振り返りが、元国際審判員の佐藤氏によって行われた。


フィールドとは別の場所で、複数のアングルの試合映像を見ながら主審をサポートするビデオアシスタントレフェリー(VAR)。2021年より同制度がJリーグで本格導入(通年運用)されており、これを担う審判員の成長ぶりや今後の課題が明確になってきている。


こうした現状のなかで、2022シーズン限りでトップリーグ担当審判員から勇退した佐藤氏が感じた、今年のJリーグにおけるVAR制度運用の課題は何だったのか。ここでは同氏の会見コメントを紹介しながら、この点について言及する。




Jリーグ VAR 写真:Getty Images

VAR制度とは


試合映像を別室でチェックしているビデオアシスタントレフェリーが、主審を含む現場の審判団による誤審や見逃された重大な事象について介入できるVAR制度。「最良の判定を見つけようとするのではなく、(現場の審判団による)はっきりとした明白な間違いをなくすためのシステム」というのが同制度の根本精神であり、「ほとんど全ての人が、その判定を明らかに間違っていると思う以外は、VARがその事象に介入することはしない」というのが大前提となっている(JFA公式ホームページより引用)。


競技規則上、VARは試合中の全ての事象に介入できるわけではない。介入できるのは以下の4つの事象や状況のみだ。



  1. 得点か、得点ではないか。

  2. PKか、PKではないか。

  3. 退場か、退場ではないか(2枚目のイエローカードは対象外)。

  4. 警告・退場の人(ひと)間違い。




Jリーグ戦 佐藤隆治氏 写真:Getty Images

「VAR担当審判にはプレッシャーをかけた」


本ブリーフィングで佐藤氏が強調したのは、VARが本来担うべき役割。各審判員の自己流や、慣れによる不適切な制度運用を徹底的に排除する姿勢が、会見コメントから窺えた。


「VAR担当審判員には、かなり厳しくプレッシャーをかけました。やってほしいのは基本に戻る、原点回帰だよと。(VAR制度がJリーグに本格導入されて)たかだか3年目ですけど、(審判員による)慣れや自己流があったのは事実です。VARの仕事は、コンファームするかレビューするかの二択(主審の判定を追認するか、一度下された判定に介入するか)。これを決断することについて、かなり厳しく言いました」


「ビデオ・オペレーション・ルーム(VOR。VARが試合をモニタリングする部屋)の中は無音です。ピッチ上の歓声や現場感が全く分からない状態でやっています。これはなぜかと言いますと、映像で見たものをフラットに判定する(判定したいから)。現場のレフェリーはピッチ上やスタジアムの雰囲気、選手の温度(感情)やテクニカルエリア(両軍のベンチ)からのプレッシャーを肌で感じながらジャッジします。でも、VORの中ではそういったものはない。目の前のモニターに映し出されている映像を見て、現場のレフェリーの判定をコンファームするのかレビューするのか。これを決断してください、(主審の判定を)サポートという言葉を使うなと言いました」


2018 FIFAワールドカップ 佐藤隆治氏 写真:Getty Images

なぜ「サポート」という言葉を排除したのか


「(主審の判定が)間違っているとは言い切れない。だからサポートしますよ。この言葉を(主審とのやり取りのなかで)VARが使うとどうなるか。ある判定をレフェリーが下した。これを正しいとするのか、改善(VARが介入)しなければならないのかを決断するときに決めきれない」


「(現場の審判団とVARは)同じ審判仲間です。場合によっては先輩と後輩が組みます。キャリアの上下や経験年数など、様々な事情があります。自分の仲間がピッチ上で判断しているものをフォロー(尊重)してあげたい。こうしたマインドに当然なるんです。なので、心を鬼にしてサポートという言葉を使うなと、(VAR担当審判員には)言いました」


「(佐藤氏が招集された2018年の)FIFAワールドカップ・ロシア大会で、(主審と)同国の審判員がVARで失敗したのを目の前で見てきました。これは介入しなきゃダメなのではと、頭の中では思いつつも、何とかサポート(フォロー・尊重)できるんじゃないかと。この結果、正しい判定ができなかった。なのでサポートという言葉を使わないと、この場で宣言します」


「主審と話してはいけない(交信してはいけない)とは言いません。ただ、『(主審は)どう見たの?』という話をすればするほど、サポートしたいという気持ちになる。これは人や世の流れ(自然な感情)だと思います。ただ、話すことでVARが本当にコンファームかレビューかの決断をできますか。あと、時間はどうですか。結果として正しいジャッジになっても、レビューに3分も4分も5分もかかったら、選手やベンチスタッフ、サポーターの皆さんが納得してくれますか。僕らの判定を受け入れてくれますか。なので、(無駄な)時間はかけないようにしましょうと。決断のための最小限の交信は良いですが、『原則喋るな』と(VAR担当審判員には)言っています」




Jリーグのフェアプレーフラッグ 写真:Getty Images

佐藤氏「僕の味付けが濃すぎた」


主審による「はっきりとした明白な間違い」をなくす。これがVAR制度の根本精神であり、佐藤氏もこの大前提をモニタリングを担う審判員に強調したことを明かしたが、これによる弊害が今2023シーズンのJリーグで生じていたようだ。


「どこの国や大陸かは言いませんが、『はっきりとした明白な間違い』という言葉を使わない(考慮していない)リーグがあります。なぜかと言うと、『はっきりとした』というのは、結局(各々の)主観だから。これは明らかな間違いだと思う、けど別の人にとってはそうは思えない(という議論が起こる)。なので、この言葉をVAR介入条件に使うなと徹底しているリーグがあります」


「でも、それで何が起こるかと言えば、VAR介入のバー(ハードル)が下がるんです。VARとしては、『もう、主審に映像を見せればいいじゃん』、『(何でもかんでも)主審が映像を見て、それで判断してもらえば良い』という流れになる」


「VARの介入回数が増えるほど、判定の正しさは保証されるかもしれない。けど、流れ(プレーの連続性や、プレーが途切れない様子)が大事なサッカーというスポーツで、15分おきに試合が止まる。これは望まれた形ではないと思います」


「我々(JFA)は、『はっきりとした明白な間違い』という言葉をVAR介入条件に残しています。ただ、VARがコンファームかレビューかを決断する際に、この言葉を意識しすぎてしまった。それによって、(本来VARが)介入しなければならない場面でできなかったものがあった。僕自身のメッセージの味付けが濃すぎたなと。彼ら(VAR担当審判員)が決断するときに、ぶれてしまったことの原因のひとつは僕にある。これが僕個人の反省です」


佐藤氏の報告によれば、2023シーズンのJリーグで、VARに関するエラーが24件あったとのこと。このうち16件が、本来であれば主審にオンフィールドレビュー(※)を進言すべきものであった。このエラー数が、来年以降減少することに期待したい。


(※)VARの提案をもとに、主審が自らリプレイ映像を見て最終の判定を下すこと。

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