川崎フロンターレ家長、レギュラー落ちからMVP獲得までの壮絶人生

12月21日(金)6時0分 ダイヤモンドオンライン

家長昭博のMVP授賞式では、同じ生年月日、同じ左利き攻撃的MFの本田圭佑からのメッセージも話題に写真:YUTAKA/アフロスポーツ

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今シーズンのJリーグ最優秀選手賞(MVP)に、J1連覇を達成した川崎フロンターレのMF家長昭博が初めて選出された。2016シーズンのMF中村憲剛、昨シーズンのFW小林悠に続いて同一チームから3年連続でMVPが輩出されるのは、1993シーズンのJリーグ元年から開催されてきた年間表彰式Jリーグアウォーズ史上で初めてとなる快挙。例え遠回りになっても不器用かつ愚直に「成長」の二文字を追い求め、延べ9つ目の所属チームとなるフロンターレで最も眩い輝きを放った32歳の苦労人が歩んできた、波瀾万丈に富んだサッカー人生をあらためて振り返った。(ノンフィクションライター 藤江直人)


「ガンバ大阪ユースで一番」

ポテンシャルを評されていた家長


 予想と異なる名前が返ってきた瞬間、少なからず驚きを覚えた記憶がある。ガンバ大阪ユースの最高傑作を一人挙げるとすれば——実は答えとして元祖ワンダーボーイの稲本潤一か、今夏のワールドカップ・ロシア大会に出場した宇佐美貴史を思い描いていた。


 質問をぶつけた相手は「黄金郷」と呼ばれたガンバの育成組織の礎を築き、指導及び統括してきた上野山信行氏。芳しくない下馬評を覆す形で岡田ジャパンがベスト16進出を果たした、ワールドカップ・南アフリカ大会の余韻がまだ色濃く残っていた2010年の夏だった。


 おりしも南アフリカ大会代表には日韓共催、ドイツ大会に続いて稲本が名前を連ね、高校3年生だった宇佐美がJリーグの舞台でいよいよ才能を開放させつつあった時期。手腕を買われて当時はJリーグの技術委員長を務めていた上野山氏は、ちょっと間を置いてから言葉を紡いだ。


「一番と言えば、やはり家長でしょう」


 高校3年生だった2004年7月に、ガンバのトップチームへ昇格。卓越した攻撃センスを持つレフティーで、右ウイングに配されるケースが多かったことから、FCバルセロナのリオネル・メッシの「和製版」と呼ばれた家長昭博に、しかし、上野山氏は但し書きをつけることを忘れなかった。


「ポテンシャルでは、ね」


 歴代最多となる国際Aマッチ152試合出場を誇るガンバのMF遠藤保仁にも、同じような質問をぶつけたことがある。宮本恒靖を含めて、数多くの逸材を輩出したガンバのユースをどのように見ていたのか、と。





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