【F1第22戦無線レビュー(2)】「僕らは1周で十分だ」「ルール上おかしいよね」レースディレクターが最終周のバトルを決断
2021年12月22日(水)20時17分 AUTOSPORT web
2021年F1第22戦アブダビGPは、2番手からスタートしたルイス・ハミルトンが首位に立ち、マックス・フェルスタッペンをリードする展開で進んでいった。ところがレース終盤にセーフティカーが出動し、その後のレース再開に向けた手順が大きな話題に。最終ラップにフェルスタッペンがハミルトンをオーバーテイクし、初タイトルをつかんだアブダビGPを無線とともに振り返る。
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13周目に新品ハードタイヤに履き替えてからも、マックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)はルイス・ハミルトン(メルセデス)に追いつけない。32周目には、両者の差は5秒以上に広がっていた。このギャップなら、セーフティカー(SC)が出ても順位逆転の恐れはない。
ピーター・ボニントン:もしセーフティカーで止まることになったら、ミディアムとハードどちらにする?
ハミルトン:どっちもいいね
このやり取りの直後にハミルトンは最速タイムを叩き出し、さらに差を広げる。フェルスタッペンにまったくつけ入る隙はないように見えた。
中団グループでは、フレッシュタイヤで背後に迫るバルテリ・ボッタス(メルセデス)を、シャルル・ルクレール(フェラーリ)は抑え続ける。
マルコス・パドロス(→ルクレール):いい仕事をしてるぞ、いい仕事だ
しかし35周目、ついに抜き返され、9番手に後退した。
一方、13番手を走るアントニオ・ジョビナッツィがトラブルに見舞われる
ヨーン・ベッカー:シフトを操作するな
ジョビナッツィ:わかった
36周目、ジョビナッツィがコース脇にマシンを止めた。これでVSCが導入される。ルクレール、フェルスタッペン、セルジオ・ペレス(レッドブル・ホンダ)も立て続けに2度目のピットに向かった。ともにハードタイヤだ。首位ハミルトンは、ステイアウトを選択する。
ボニントン(→ハミルトン):ステイアウトだ
トト・ウォルフ代表(→マイケル・マシ):マイケル、頼むからセーフティカーは入れないでくれ。レースを邪魔するからね
ここでSCに切り替えられたら、ハミルトンとニュータイヤに履き替えたばかりのフェルスタッペンのタイム差はなくなる。それを恐れたウォルフ代表がレースディレクターを牽制したのだった。
38周目、レース再開。首位ハミルトンとフェルスタッペンの差は、ピットイン直後の約20秒から、約17秒まで縮まっていた。
ボニントン:フェルスタッペンとのギャップは17秒だ。こちらに追い付くには毎周コンマ8秒必要だ。
ハミルトン:俺をステイアウトさせたのは、リスクだったよね
ボニントン:いや、(ピットインして)ポジションを失うリスクの方が大きすぎた
38周目、角田裕毅(アルファタウリ・ホンダ)がターン9で、フェルナンド・アロンソ(アルピーヌ)を抜いて行った。
アロンソ:俺を押し出そうとした。ブレーキングでは、俺がイン側で前だった
しかし特に審議になることもなく、角田は7番手に順位を上げた。
ハミルトンを必死に追うフェルスタッペンは、ファステストを連発する。しかし差は15秒7しか縮まらない。だがハミルトンも、14周目に履き替えたハードタイヤがそろそろ厳しい。
ハミルトン:このペースでずっとは行けない。
ボニントン:大丈夫だ。両方ともタイヤが垂れてくるからね
メルセデス陣営の懸念は、周回遅れの処理で2台の差が縮まってしまうことだった。
ボニントン(→ハミルトン):前に4台いて、バトルしてる
それでも終盤40周目以降は、ハミルトンとフェルスタッペンのラップタイムは、コンマ2、3秒しか変わらなくなっていた。残り11周となった47周目でも、まだ12秒以上のギャップがあった。もはやフェルスタッペンに打つ手はない。
ハミルトン:ダッシュ上にあと8周って出てる
ボニントン:それは無視しろ
ハミルトン:あと何周だ
ボニントン:11周だ。ギャップは12秒だ
勝利が見えてきて、ハミルトンもややナーバスになってきた感じだ。
ハミルトン:11秒に縮まった?
ボニントン:大丈夫、トラフィックに引っかかっただけだ
49周目、5番手のランド・ノリス(マクラーレン)がピットに向かった。
リカルド・アダミ(→サインツ):ノリスはおそらく、スローパンクチャーだ
ボニントン(→ハミルトン):ノリスは左フロントのパンクチャーだった。縁石に気をつけるんだ
ボニントン:問題の縁石は、ターン15、16だと思う
しかし52周目、ミック・シューマッハー(ハース)とバトルを繰り広げていたニコラス・ラティフィ(ウイリアムズ)がターン14立ち上がりでクラッシュ。セーフティカーが導入された。ハミルトンは首を振っている。
ここでフェルスタッペンがすかさずピットに飛び込み、中古ソフトに履き替えた。
ハミルトン:ピットに入るか?
ボニントン:いや、入らない
ペレスも続いてソフトに履き替えた。ハミルトンは首位を失う恐れがあり、ピットインはできない。
ハミルトン:信じられないよ
事故車両の撤去には時間がかかりそうで、チェッカーまでにレースが再開されるかは微妙な状況だった。
ハミルトン:どうなってる?
ボニントン:フェルスタッペンはフリーストップで、順位を落とさなかった。このあと周回遅れを先行させたりするから、再スタートには時間がかかるはずだ。再スタートしたら、首位を失うかもしれない。でもそれまで、時間はかかる。再開は微妙だ
ハミルトン:僕らはピットインしないのか?
ボニントン:もしピットインしたら、ポジションを失っていた
SC周回中の55周目、残り3周の時点でペレスが突然ピットに向かった。
ヒュー・バード:チェコ、リタイアさせないといけない。ボックスだ
ペレス:マジか?
その直後、FIAから、「周回遅れはそのままでレース再開」という決定が出た。フェルスタッペンは5台を抜かなければ、ハミルトンに追い付けない。その旨を、ジャンピエロ・ランビアーゼがフェルスタッペンに伝えた。
ランビアーゼ:周回遅れはそのまま、前に行かないことになった
フェルスタッペン:ああ、やっぱり
ランビアーゼ:典型的なやり方だね
フェルスタッペン:代償を払うということか、ハハハ
力なく笑うフェルスタッペン。レッドブル陣営は、当然納得できない。
クリスチャン・ホーナー代表:どうして周回遅れがそのままなんだ。何が問題なんだ?
マシ:ちょっと待ってくれ。問題をクリアにしないといけない
ホーナー代表:僕らは1周で十分なんだ
そして突然、マシは決定を覆し、両者の間の5台だけを先行させ、レース再開することにした。今度はウォルフ代表が吼えた。
ウォルフ代表:ルール上おかしいよね
マシ:いや、これがモーターレーシングだ
ウォルフ代表:どういうこと?
マシ:これからレースをするんだ
ウォルフ代表:マイケル……
最終周にレースが再開され、フェルスタッペンがハミルトンを抜いて行く。
ウォルフ代表:なんてことだ。ノー、ノー! 正しくないよ
ウォルフ代表:マイケル、あれは何だったんだ?
大逆転でフェルスタッペンが優勝。ついに初タイトルを獲得した。
ランビアーゼ:オーマイガ! マックス、信じられない!
フェルスタッペン:なんてことだ!
ホーナー代表:マックス・フェルスタッペン、きみが世界チャンピオンだ。幸運が必要だったが、でもきみはチャンピオンにふさわしい。愛してるよ
フェルスタッペン:みんな、このタイトルにふさわしい。これを10年、15年続けてもいいかい?
ランビアーゼ:もちろんだ!
前人未到の8度目のタイトル獲得という夢が潰えたハミルトンは、沈黙したままだった。
ボニントン(→ハミルトン):もう言葉もないよ。何も言えない
それでもパルクフェルメでのハミルトンは、新王者フェルスタッペンに祝福の握手を差し伸べたのだった。